あ、別にそういう作品を楽しむのが悪いというわけではないので、念のため。
制作側に対しては、実在の人物を扱うからには今も本人や関係者の子孫がいるかもしれないことを念頭に置きつつ、敬意を払って欲しいとは思いますけど。
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>もとの「おっさん」のイメージが頭の隅をよぎって萎えたりしないものなのかと
これは本当、同感ですねぇ。美少女化に限らずイケメン化も同様に感じます。
楽しめる人は切り替えが上手いか、それとも歴史の方は知らない(興味ない)かでしょうね。
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よく考えたら(よく考えなくても)軍艦の名前って別の固有名詞やら普通名詞やらなので、そもそもググラビリティ低かったわ!!
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「さん」づけにしなければ、さらに「-赤城さん」とかすればさほど混雑はしないようですけど、逆に「赤城さん」に画像検索などするとさすがにキュートな女子でいっぱいになりますね(笑)
個人的には、萌え女子化されたとしても三国志や戦国武将を見て、もとの「おっさん」のイメージが頭の隅をよぎって萎えたりしないものなのかと不思議に思います。幼馴染だったりしたら世話になった父親の顔がうかぶ的な。(前にも書いたことがありますが、写真が残ってる時代それこそ山本五十六まで萌え女子商品化されているのをみて驚愕しました。)
なんだかひどく俗な観点から心配をしてしまいますけれども。
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あー、この問題、『艦これ』なんか結構深刻かもしれない。あれで軍艦に興味持って検索してる人も困りそう
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『徳川家康』『三匹が斬る!』、あとはカロヤンアポジカくらいしか思いつかない程度の役所広司歴で好きとか言っちゃうのもプププって感じですけども
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ところで 今日のGoogle検索キーワード
…。


最近こういうの本当多いけど興味ない者にとったらノイズでしかないし、モチーフにしてるだけなら別名にして欲しいなぁ
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『清州会議』は観に行きたいけど、きっとツッコミとか我慢できないだろうから、一人で行くとブツブツと呟くキモい姿を晒すことになってつらいだろうなぁ。
原作はそんなに興味沸かなかったんですが、こないだ映画館の前を通りかかって、ポスターの役所広司のいい顔を観た時、自分でもおお!?ってくらいテンション上がりました。
○学生の時に観てた大河ドラマ『徳川家康』で役所広司の信長がめちゃくちゃ格好よくて、卒業文集の「尊敬する人物」に信長を挙げてしまった程度の役所広司好きなんですが…

信長政権ではお察しの通り?こういうの買っちゃう程度は勝家好きです。
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先日の雨の休日は図書館に篭ってたんですが、これまで古いし分厚いからと敬遠していた『兵庫県史』第3巻、読んでみたら中央政権のことは勿論、国衆の概略についても播磨、摂津、但馬、丹波、淡路と県史の名に恥じない充実ぶりでした。
柳本賢治が細川高国に反旗を翻したことで、義晴-高国-村宗、義維-晴元-元長、それに柳本賢治と波多野稙通の兄弟や内藤国貞ら丹波勢の三つ巴になったという視点が良かったです。
丹波勢はこの時点では堺幕府方でも阿波細川氏の味方でもなく、反高国という点だけで互いに協力しているだけの存在と見ているわけですね。
波多野稙通の後…[全文を見る]
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メモ
http://www.rekishijin.jp/rekishijinnews/%e3%81%b2%e3%81%93%e3%81%ab%e3%82%83%e3%82%93%e7%99%bb%e5%a0%b4%e3%80%81%e8%ac%9b%e6%bc%94%e4%bc%9a%e3%82%82%e3%80%80%e5%a4%a7%e9%98%aa%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e5%8d%9a%e7%89%a9%e9%a4%a8-%e7%89%b9%e5%88%a5/
http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/2013/kawarikabuto.html
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講演会「変わり兜と戦国武将」
日 時 11月24日(日) 午後1時30分~午後3時(受付は午後1時開始)
講 師 須藤茂樹氏(四国大学専任講師)
会 場 大阪歴史博物館 4階 講堂 交通のご案内
定 員 250名(当日先着順)
参 加 費 300円(特別展の観覧券もしくは半券提示の方は無料)
参加方法 当日直接会場へお越しください
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今年の健康診断は一発で合格しました!
腹部エコーで腎結石が見えるぞ!とか言われましたが…落ちるかどうかは運次第、具合悪くなったら尋常じゃなく痛むのですぐ分かる、そうなったら泌尿器科行ってくださいとありがたい助言?もいただいたので、それだけ覚えておくとします。
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それはポッキーではない
カバヤがポッキーみたいなの売ってたよなーあれ名前なんだっけ、と検索してみたら、それとは別に「パッキーニ」とかいうのを出してた。
疑問の商品はプレッツェルというそのまんまな名前でした。
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>細川澄元の後は嫡子・彦九郎(持隆)が、三好之長の後は嫡孫・元長が継いだ。
うわ、これ大きな間違いです。
阿波守護を務めた讃州家が細川成之-義春(之勝)-之持-持隆
之持の弟・澄元が京兆家を継いでるので、その跡を継いだのは嫡子の六郎晴元。
どちらも阿波で生まれ育ってますが、持隆は明応6年(1497)、甥の晴元は永正11年(1514)と結構歳は離れてます。
この2人、共通の敵である高国がいる間は良かったんですが、晴元が三好政長を重用し三好元長と仲違いした際には、元長を庇って晴元に対抗しています。
赤松氏との関係は、政村が持隆の妹婿で、尼子詮久の侵攻…[全文を見る]
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『戦国三好氏と篠原長房』二巡目に入ってます。
『備前 浦上氏』を参照しつつ巻末の年表と播磨の情勢を合わせて読み解くと、阿波細川氏と赤松氏の関係や、赤松義村と浦上村宗の対立が及ぼした影響が見えてきて面白いです。
『昔阿波物語』によれば、篠原氏の出身地は近江国篠原で、宗半の代に多賀神社神官の荷物持ちとして阿波へ渡った際に三好之長に仕えて定住した。
之長が細川澄元の元で活躍した文亀~永正年間に「篠原左京進之良」「篠原右京進」の名が阿波国内の文書に表れており、そのどちらかが宗半を名乗ったと思われる。
宗半の子が大和守長政で、篠原氏の通字が…[全文を見る]
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大門先生のブログ、癒される
http://wdaimon.blog4.fc2.com/blog-entry-200.html
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昼食は、自家製の焼肉定食。今は、キャベツが高いので、袋に入ったものを購入。もちろん牛肉は外国製だ。特段の工夫はなく、単に焼いて焼肉のタレをかけるだけ。これでいいのだ。豚や鳥にも応用できる。結局、フロイスの『日本史』は、古いほうを買うことになった。索引、注釈付き。ええ勉強になりわすわい・・・。
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でも http://h.hatena.ne.jp/k-holy/9258648417710626432 で書いた、広瀬町で地元のお年寄りに山中鹿介の一騎打ちのことを尋ねたら「山口から来たのか!…尼子の敵だ!…帰れ!」と一喝された、みたいな話は好きなんですよね。
現世というより、郷土や先祖への素朴な敬意が感じられるからでしょうか。(今時はそういうのも「差別的」とか言われそうですが)
逆に、尼子フェスティバルで毛利氏、大内氏の顕彰団体から書状が届けられて和解、みたいな話もいいと思いますが。
http://www.nnn.co.jp/news/130930/20130930005.html
これ確か前回もあったはずですが、恒例の儀式みたいになってるんでしょうか。(笑)
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誤解のないようフォローしておきますが、浦上宗景と宇喜多直家のことは割と好きです。秀家のことも嫌いじゃありません。
というか、これくらいの時代の人はもう好きとか嫌いとか割とどうでもよくて、面白いか面白くないかみたいな基準になりますよね、大体。
明治以降くらいの人は自分の人生とか直接見聞きするものにかなり影響してくるので、感情的にもなりがちですが。
山城国一揆のことも、そんな古い時代のことに現世のイデオロギー補強的な目的で触れて欲しくないなぁ、という思いがあります。
そういうものが研究を進める原動力になったという面もあるんでしょうけど。
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ちなみに稲八妻は幕府御料所で、政所執事である伊勢氏の被官・進藤氏が公文を務めていて、明応の政変後に山城国守護に補任された伊勢氏と守護代・古市氏による寺社本所領への介入に抵抗する国人達が、進藤氏を張本人として集結したものの、古市氏の侵攻により敗北したという話ですが、実はその国人達の大半は細川政元の被官人でした。
また、古市氏は単純に「細川政元の武力を背景とした守護の勢力」というものではなく、応仁の乱では西軍義就方の大和国人(興福寺大乗院衆徒)で、東軍方だった国人からするとやっぱりかつての侵略者という関係。
政元の煮え切らない態度…[全文を見る]
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僕が山城国一揆について教育を受けた頃はまだ階級闘争史観に基づいた、国一揆=農民の勝利みたいなイメージで教わったものですが、さすがに資料館の解説では国人主体の一揆であったことまでは否定してませんでした。
ただ、「国人と呼ばれる地侍たちも、両軍に分かれて戦っていた。このため田畑は荒らされ、苦しむ農民の姿があった」「次第に国人と農民との間に対立が生じ…」「細川政元の武力を背景に守護の勢力が入り、国人たちは稲八妻城に籠もり戦ったが敗北し、国一揆は崩壊した」という書き方をしているあたり、まだ未練ありそうな感じです。
寺社権門が領する荘園で…[全文を見る]
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連休中は地元での国一揆の扱いを知りたくなって、ここに行ってました。


文明十五年四月十六日と刻まれた五輪塔の地輪部。義就方によって狛城が落とされた日とのこと。

大乗院寺社雑事記の「今日山城国人集会、上ハ六十歳、下は十五六歳云々…」もありました。写しかな?
…[全文を見る]
/ホリィ(新人)