http://h.hatena.ne.jp/k-holy/228178324863244336
実験の結果、スパム投稿の増加に伴いスパマーが増加することが分かりました
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ホリィ(新人)のことを語る
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お塚いろいろ

惜しいが、求めているのはその色ではない

色はいいんだけど…つーか、ヤエコ姫て。社長の名前らしい(笑)

あっ、別寅かまぼこ
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参道に空き缶が放置されたりもしてましたし、神社云々というよりもどちらかと言うと単に公衆マナーの話かもしれません。
神域という話であれば、火気厳禁とか、場所によっては動物入れるなとかもあります。三輪山なんか今でも飲食禁止、撮影禁止など厳しいことで有名ですね。
まあ、寺社詣では庶民の娯楽の一つとも言えますが、できれば形だけではなくお参りの気持ちを持って来てくれたらなぁと。
金玉大明神探しに夢中になってた自分が言っても、ぜんぜん説得力ないですけど……
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いなり、こんこん…



これ、去年の本宮祭で見たこの行灯画の方が原作だったのね。
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今日は中央図書館で以下の3冊借りてきました。武田信虎絡みで選んだものです。
・柴辻俊六編『武田信虎のすべて』 新人物往来社 2007年
武田神社で買った平山優氏の著書だけを頼りにブログの記事書いてたけど、分からないことが多いので、結局定番的なこれを借りることに。
・柴辻俊六『武田信玄合戦録』角川選書 2006年
著者は武田氏研究で有名な人ですが、多分タイトルで損してる。
甲陽軍鑑の誤りがかなり具体的に説明されていて役立ちそう。平山優氏の本は軍艦の記述を無批判に受け入れているケースが散見されるので併せて読んだ方がいいかなと。
・丸島和洋『戦国大名の「外交」』講談社選書メチエ 2013年
著者は最近よく武田氏関係の論文で名前を見る若手研究者。取次の役目、書状や起請文の書き方など、かなり面白く具体的な内容。
買って手元に欲しいくらい良い本なので、今回は必要なところだけ読むかな…。
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大門先生の『軍師官兵衛』批評 第25回 「栄華の極み」をみる
http://blog.livedoor.jp/rekishireal/archives/39522519.html
さすが『戦国の貧乏天皇』なんてタイトルの本を書かれただけあって、信長が正親町天皇に譲位を迫った件について、最近の研究成果に則って詳しく解説されてます。
>>
信長の譲位の勧めに対して、正親町天皇は「(譲位は)後土御門天皇以来の願望であったが、なかなか実現に至らなかった。譲位が実現すれば、朝家再興のときが到来したと思う」と感想を述べている(「東山御文庫所蔵文書」)。
いうまでもなく、正親町天皇は大変喜んでいるの…[全文を見る]
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一方で信長がキリスト教を保護した理由は、畿内とその周辺において当時のキリシタン勢力は取るに足りないもので、ただ何となくその好奇心を充たす程度の存在であったためと説明されています。
初期の秀吉についても当初は容認していたものの、キリスト教の布教に伴う神仏排撃を問題視し、伴天連追放令においてもその教義ではなく諸宗派の共存を許さないことをもって「邪法」としており、神仏全てを尊重する「神国」日本には相応しくないというのが秀吉の論理だとしています。
追放令の直前に、パードレ達が人々を力ずくでキリシタンになすこと、僧侶を迫害し彼等と妥協せず…[全文を見る]
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二巡目読んでます。
天道思想を道徳的規範として様々な宗派の宗教が受容され共存していた当時の日本が、史上最も排他的になっていたキリスト教との不幸な出会いにより、秀吉によるバテレン追放令を経て、徳川幕府による組織的な弾圧に至ったという話ですが、特に当時の宣教師やキリシタンの言動が印象的です。
フロイス『日本史』には宣教師ガスパル・コエリョから大村純忠へ「デウスの恩恵に報いる奉仕として、殿の領内からあらゆる偶像崇拝を根絶するに優るものはない」「領内に一人の異教徒も残らぬよう全力を尽くすべき」と説いたとあり、実際に大村純忠は領内の神社仏…[全文を見る]
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ニコニコ動画に素敵なのがあった
決戦!三好vs長宗我部 『中富川の合戦』を現地映像で追う
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21732417
>長宗我部ファンの人はもちろん、三好ファンの人にもご覧いただきたいです。
>だが仙石、テメーはだめだw
わはは
ちなみに斎藤利三の兄で今回の文書を伝えた石谷家の石谷頼辰も、十河存保や長宗我部信親とともに戸次川で島津に敗れて戦死してます。(秀吉の軍監・仙石秀久の稚拙な作戦で)
Wikipediaによると、土佐に流れて長宗我部氏に仕えた蜷川親長の室も斎藤利三の妹なんですね。
蜷川氏は政所執事の伊勢氏に仕え、代々「新右衛門」を名乗った一族です。日記で有名な一族ですが、一休さんに出てくるあの方のモデルとなった蜷川親当もここの出身。
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三好家、滅んでたわけじゃないから再興というのも違うか。
しかし、本能寺の変の直前にはこんだけ下手に出てたのに、変の2ヶ月後には中富川合戦で三好軍をボッコボコにしてくれてるから(ちょっと前に漫画「センゴク」でやってた話)、状況と結果を見るとなるほど四国攻め回避説というのも説得力あるよなぁと。
なお当時の三好家は長老の咲岩が三好(十河)存保を補佐していて、咲岩が秀吉の甥(後の秀次)を養子に取ってた関係で、阿波・讃岐を巡る三好と長宗我部の争いが、秀吉と光秀の対立にも繋がっていたわけです。
そこで三好家を後押しする信長が、織田信孝を大将に四国攻めを進めたから…という話。
斎藤利三が主導したという説を唱えていた桐野作人氏も早速反応してたみたい
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140623/wlf14062321440027-n2.htm
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NHKでやってたやつだ
林原美術館所蔵の古文書研究における新知見について ―本能寺の変・四国説と関連する書簡を含むー - 株式会社 林原
http://www.hayashibara.co.jp/press.php?id=392
奉公衆の石谷家に伝わった文書だそうで。石谷光政の養子・頼辰が斎藤利三の実兄。
長宗我部信親が信長から偏諱を受けたことが、一次史料で初めて確認された書状も含まれているとのこと。
天正10年5月、長宗我部元親から斎藤利三に宛てた書状で、この時点で長宗我部氏は甲州征伐から信長が帰陣したら指示に従いたいと伝えているとのことですが。
本能寺の変が起きなければ、三好家は無事に再興できてたってことに。秀吉の四国攻めも回避されて、信親も死なずにすんだのかな。
(織田信孝の総取りというオチが待ってたかもしれないけど)
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一巡目読了、いや面白かったです。中世日本の天道思想とキリスト教の類似性から始まって、キリスト教が迫害を受けるに至った経緯が語られます。
島原の乱が一揆というよりもむしろ飢饉に苦しんだ末にキリスト教への立ち帰りが進んで勃発した宗教戦争という話には目から鱗というか、階級闘争史観が歴史教育に与えた負の影響は本当に大きかったのだなぁと改めて実感しました。
各地に残るキリスト教徒による寺社や偶像破壊の伝承はキリスト教迫害を正当化するための捏造だ、みたいな意見が今も散見されますが、どうなんでしょうね。
あと、一族としては法華宗に帰依しつつ、臨済宗大徳寺派を保護し、かつキリスト教の布教も受け入れていた三好政権について、あまり触れられていなかったのがちょっと残念。
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伏見稲荷大社
( ´-`)。o 0 (…今回も「金玉大明神」のお塚探しに夢中だったことは内緒にしておこう…)
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今週のアクセス数、久しぶりに3桁超える日がありました。

三木合戦はあまり描かれることなく終わったのですが、「三木合戦図」「三木合戦絵図」は一定のアクセスが来てます。
複製の複製とはいえ絵の拡大を載せてるところは珍しいと思うので、たぶん画像検索から流れてきてるんでしょう。
相変わらず「勢力図」とかで検索してくる人も多くて、すみません…播磨の勢力図は『戦え!官兵衛くん』を見るが良かですよ。
あと、御着落城の記事を上げたけど、ほとんど影響ありませんでした。みなさん小寺氏にはあんまり興味ないみたいです…。
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戦え!官兵衛くん。 第266話 宇喜多直家死去
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-385.html
信長へのお歳暮、この話に出てくる「二見蛸」もこの時のかな。
http://club.kobe-np.co.jp/mint/article/odekake/akashiyaki-manyuki20090505.html
当時から干し蛸が保存食とされていたんでしょうか。まあ現代ほど輸送も早くなかっただろうし。
検索したら、野里鍋のほか播磨針というのも京都で有名だったみたい。
播磨は古代から瓦やら製鉄やら製造業が盛んだったんですねえ。
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パスワードに代わる、新しい認証方式を考える
電話越しに「わしや」言うて認証要求してくるお客さんとかいますよね、あれはほんとやめて欲しいです。誰やねん!!知らんがな!!
今の会社に入ってから外の電話にはほとんど出ずに済んでますけども。
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水道修理マグネットって見たことないなー神戸にはないのかなーって、よく考えたら自宅のポスト一度も覗いたことなかった!!
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義輝暗殺は三好宗家の後継者となった義重(義継)と松永久通、三好長逸が主導したと推測されていますが、長慶の死が伝わっていなかったこともあってか、『信長公記』には「天下執権」たる三好長慶に対して義輝が「御謀反を企てらるるの由」とあるそうです。(近世に成立したはずの『北条五代記』でも長慶が義輝を討ったとされているとか)
また、義継の母が近衛家と関白の座を争った九条家の出身であったためか、義輝暗殺後に近衛家も討伐されるのではとの噂が立ったそうです。
義継は栄転授与により将軍並に家格を上昇させた三好宗家を継ぎ、九条家にも縁を持つ最高級の…[全文を見る]
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松永久秀の評価については、天野先生の久秀論を未読の方には相当新鮮に感じられるはずです。
三人衆と袂を分かち、義昭を奉じた信長に降伏し、その後信長を二度裏切ったとされる久秀ですが、義輝暗殺には積極的に関わっておらず、興福寺一乗院にいた覚慶(義昭)はわが身を心配していたところで久秀から誓紙を受け取って安心したとの書状を松永久通に送っていて、久秀は当初から義昭の擁立を計画していたのではないかと見られています。
長慶の生前から松永兄弟は一門として遇されていましたが、長慶の死後、丹波を治めていた弟の内藤宗勝が荻野直正(赤井直正)に敗死し…[全文を見る]
/ホリィ(新人)

