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ホリィ(新人)のことを語る

二巡目読んでます。
天道思想を道徳的規範として様々な宗派の宗教が受容され共存していた当時の日本が、史上最も排他的になっていたキリスト教との不幸な出会いにより、秀吉によるバテレン追放令を経て、徳川幕府による組織的な弾圧に至ったという話ですが、特に当時の宣教師やキリシタンの言動が印象的です。

フロイス『日本史』には宣教師ガスパル・コエリョから大村純忠へ「デウスの恩恵に報いる奉仕として、殿の領内からあらゆる偶像崇拝を根絶するに優るものはない」「領内に一人の異教徒も残らぬよう全力を尽くすべき」と説いたとあり、実際に大村純忠は領内の神社仏閣を破壊した跡に十字架を建立し、仏像を見つけ次第焼き払わせ、寺院の建材をポルトガル人の船の建材として提供したそうです。
また、有馬晴信の領内では追放された僧侶たちが小島の洞窟に仏像を隠しておいたところ、若者を従えた宣教師たちがやって来て仏像を持ち去り、住民の面前で仏像に唾を吐きかけて冒涜した後、全て薪にしたという話が『日本史』に記されているそうで、要は自分達の布教の手柄話としてこんなことを報告している訳です。

こういう宣教師やキリシタン達の行動に触れることもなく、キリシタン弾圧が産んだ「悲劇」の象徴として天正遣欧少年使節を歴史教育の場で大きく取り上げるに至った背景に何があるのかと思うと、本当に気味が悪いです。