そういうわけで休日は長島に同行したら思いがけず2時間の自由時間をいただいて、ぶらぶらしてきました。

何も下調べしてなかったので、すぐ近くに願証寺があったことに気付かず…orz

まあ天気も良かったし、長良川河口堰を堪能してきたので、長島はまた別の機会に…。

真ん中の島が長島
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ホリィ(新人)のことを語る
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今日の「戦え!官兵衛くん。」
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-205.html
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-207.html
天王寺合戦、三木合戦メモ共に非常に示唆に富む内容です。
三木城攻めを信長が企画立案したというのは、秀吉はぎりぎりまで上月城の確保にこだわっていたためでしょうか。
「宇喜多直家さんは神」については同感です。三村氏の件といい上月城といい毛利は結果的に良いように利用されてますが、毛利も対織田という点ではあまり積極的に動いていないように見えるのでよく分かりません…。
毛利と宇喜多の動きについては先入観…[全文を見る]
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今日の「戦え!官兵衛くん。」
村上海賊の娘 上巻
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-204.html
僕は世間一般で評判になるほど(特に小説は)興味をひかれない性分で、更に戦国時代の海賊物となると嫌な予感しかしないのですが、こちらで薦められたとなれば気になってきますね。
そういえば先日、新幹線の車内で、ずいぶん昔に因島を旅行した際に購入した 森本繁『瀬戸内水軍家村上氏の来歴』という小冊子を読んでいたところ、ちょうど斜め向かいに座ってたおっさんがこの小説を読んでて、あ、村上…って思ってタイトル覚えてたんでした。
図書館にあったら借りてこようかな。
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パンフレットだけじゃなくてWebサイトも気合入ってました
http://nishiwaki-kanko.jp/kanbee/
パンフレットはもちろん、『荘厳寺本黒田家略系図』や『主張の書「官兵衛の里・西脇市」』という研究内容のまとめもダウンロードできました。うほっ
http://nishiwaki-kanko.jp/kanbee/relation/relation03.html
http://nishiwaki-kanko.jp/kanbee/relation/relation04.html
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軍師官兵衛
官兵衛紀行で黒田庄の兵主神社が出てきたのが個人的にタイミング良くて笑った。
ちょうど昨日、兵庫縣神職会『兵庫縣神社誌 中巻』でそこの情報をチェックしてきたところだったのです。
社伝から
-
中古以後国司武将の崇敬篤く豊臣秀吉は天正八年播州三木城を征伐するや当社に祈願を篭めて燈明田を献じ黒田孝高の祖地黒田城の主となるや菩提寺神光明院を社坊内に建立せしことあり
「姥ヶ懐」は官兵衛生誕地として紹介されてましたが、要は戦時の山城である黒田城の城主居館跡の伝承地だということですね。
例の「播磨黒田氏研究会」のサイトによると、昭和58…[全文を見る]
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興味深い話をありがとうございます。なるほど、そういう経緯があって改めて「植木之近邊へ立よるへからさる事」なんですね。
『姫路城史』『姫路市史』も機会があれば確認してみようと思います。
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とりあえず兵庫縣神職会『兵庫縣神社誌 中巻』より「天正十二年八月吉日 小寺宗圓」の禁制の内容を再確認してきました。
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定 惣社
一 牛馬はなちかふへからさる事
一 芝うちとるへからさる事
一 植木之近邊へ立よるへからさる事
右條々任筑州様御判形之旨不可有相違者也仍如件
天正十二年 八月吉日 小寺 宗圓 (花押)
水野 與八郎 (花押)
鯰江 相模 (花押)
これは天正8年の「藤吉良」記名の制札と合わせて2枚の「豊臣秀吉制札」として、惣社(射楯兵主神社)所有の宝物に数えられています…[全文を見る]
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コメントどうもです。
「芥田文書」というと、大門先生によれば、職隆が小寺政職の元で長浜職秀との連署状を発給していて、職秀よりも下位の奉行人の地位にあったことが明らかだそうです。
だとすると、姫路城主の職隆を小寺氏の本家、御着城の政職を分家とする、荘厳寺本黒田家略系図の内容は誤りということになりますね。
黒田氏の出自を播磨と考えている人は多いと思うのですが、だからと言って荘厳寺本の系図を信じるかどうかはまた別の話で。
播磨黒田氏と官兵衛の関係については、いつか荘厳寺本とは異なる系譜が現れてくるのではと期待しているのですが。
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黒田家については無理矢理くっつけた感ありますが、江源武鑑で引っ張って適当に仕上げました。
江源武鑑も物語として読めば、妖怪や名前の付いた武器なども登場して、なかなか面白い世界が展開されているようです。
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はてなブログに投稿しました
沙沙貴神社と近江源氏佐々木一族と黒田家 - k-holyの史跡巡りメモ

http://amago.hatenablog.com/entry/2014/02/07/122650
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大門先生の『黒田官兵衛 作られた軍師像』では近江伊香郡黒田村説と播磨多可郡黒田庄説の双方を一次史料から検討されています。
大門先生は『黒田家譜』全体に誇張の多い記述や、『江源武鑑』からの影響を問題視されてはいますが、播磨説の根拠とされる「荘厳寺本 黒田家略系図」についても、記載されている人物の実在が一次史料からは明らかでないこと、職隆が永禄元年に記名している算用状の端裏書に「黒田殿」と記されていることから、元々黒田家の人間で政職から小寺姓を賜ったことは確実としてます。
だったら天正12年「小寺宗圓」はなんでーって感じですが
とりあえず、この「黒田家前史研究 要点十五箇条」を論破できるかどうか考えながら再読してみようと思います。
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黒田家前史研究 要点十五箇条
http://www.geocities.jp/kurodazensi/200.html
「播磨黒田氏研究会」の内容、まだざっとかいつまんで読んだだけですが、播磨の史料を検討した結果、播磨出自説としてよく使われる荘厳寺本「黒田家略系図」に記された系譜が正当なものであるという話のようです。
つまり、官兵衛は「祖父」とされる黒田重隆の実子であり、「父」とされる小寺職隆の婿として猶子になったというわけです。
これ、一つ思い当たることがあって、姫路の播磨国総社(射楯兵主神社)に残された禁制に、「天正十二年八月吉日 小寺宗圓(花押) 水野與八郎(花押) 鯰…[全文を見る]
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こういう時は時間をかけて長文記事上げるよりも、軽めの記事を定期的にジャブのごとく繰り出す方が良さそうな気がするので、過去の史跡写真から適当にクロカンにこじつけられないかと(笑)
近江佐々木源氏と沙沙貴神社と個人的に注目の佐々木一族みたいな感じで、沙沙貴神社の佐々木氏系図も紹介しつつ『江源武鑑』との関係から黒田家に繋げようと思案中です。
こんなサイトも見つけた。播磨黒田氏研究会だって。
http://www.geocities.jp/kurodazensi/index.html
貝原益軒の筑前産黒田家前史
http://www.geocities.jp/kurodazensi/330.html
すげ…もうここ読めばいいんじゃねって感じ…。
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初の3桁越え、追い風が吹いている感

Yahoo検索61%、「戦え!官兵衛くん。」からが8%、Google検索5%、ハイクは1%まで下がってきた
検索キーワードは相変わらず。
興味深いのは「戦え!官兵衛くん。」のリンクからの訪問者のうち46%がスマートフォン用ページから来ていること。
今時ブログはスマートフォンで読む人の方が主流ってことかな…
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今日の「戦え!官兵衛くん。」
大河ドラマ「軍師官兵衛」第5話「死闘の果て」
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-187.html
この架空の感想記事にあった「浦上宗景(演:ガクトさん)」に思わずテンションが上がってコメントしたところ、ブログの方にリンクしていただく運びとなりました。ウオオォォ
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-190.html
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更に大河ドラマ効果がきてました。土日だけ妙に伸びてる…。

やはりYahoo検索からがトップで63%。Google検索が6%、ハイクが3%。
でも検索キーワードは「小寺政職」「播磨」「戦国時代」「勢力図」あたりなので、「なんだ、図なんかないじゃん…」って直帰されてそうな気も。
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小寺則職と小寺豊職について、Wikipediaのノートに参考になる情報があったのでメモ
http://ja.wikipedia.org/wiki/ノート:小寺則職
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また、小寺則職が小寺豊職の改名後の名前であるという仮説についても『蔭凉軒日録』においては明応2年(1493年)の項に「小寺加賀守」が度々「小寺勘解由左衛門尉祐職」と共にそれぞれ別人として登場致しますし、明応5年(1496年)に赤松政則が亡くなった際には、その後継を一門の道祖松丸(赤松義村)とする時の5人の家老の中にも「小寺加賀守則職」が署名を遺しております(播磨国書写山縁起)ので延徳3年(1491年)に亡くなったという…[全文を見る]
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軍師官兵衛
浦上氏や織田方としての別所氏の存在も知らされず、ただの一地方の小競り合いみたいに描かれてることとか、そういう史実とのズレを頭からすっ飛ばして観たら、合戦シーンは相変わらず泥臭い感じで迫力あって、なかなか良かったです。
夜襲で損害を受けてからの逆襲というところは、史実かどうかはともかく編纂物に描かれた通りのようです。
あと、第1回からいい味出してた「石川」(誰?)が、何となくぶへーの仇になっちゃって、アッサリ死んだのも、なんかいかにも大河ドラマの創作悪役っぽくて面白かった。
死んだぶへーの代わりにたへーが出てきたけど、たへーの方が明らかに強そう!
でも二十四将とか言っても、どーせ父ちゃんの側室の子供とかは出てこないんだろうなー
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http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-184.html
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池田輝政は、小牧長久手の戦いで、父と兄が戦死したため、池田家を継ぎました。父の池田恒興や黒田官兵衛を第一世代としますと、その子供の代の第二世代となります。
同じ第二世代の黒田長政と比較すると、池田輝政は戦闘力、身長といった点で黒田長政に大きく差をつけられていますが
戦闘力はしらんが身長は関係ないやろ(笑)
/ホリィ(新人)