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ホリィ(新人)のことを語る

どうも、よろしくです。

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どうぶつの森って、よく知らないんだけど、なんか村の発展のために徹夜で作業させられるゲームなの?そんなん無給でようやるわーって一瞬思ったんですが
自分もUOハマってた時、ギルドで家建てるために徹夜で鉱山掘ってたのを思い出した

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ちなみにこちらが図録です。

かっこよすぎて購入の際は変に興奮してたと思います。売店のおねえさんすみませんでした。
中身も講師の方が寄稿されていて、講座の概要がほぼ分かるものになっています。

経久画像なんかは4期間に分けて入れ替え展示されているんですが、当然写真では4枚全て掲載されています。
僕が見たのは松江の洞光寺(堀尾氏の頃に月山富田から移された尼子氏の菩提寺)の、33歳の頃の画像と言われているものでした。

ちなみに図録を売っていた店は「一畑ミュージアムショップ」です。
現代の出雲国は一畑グループの支配下にあるという僕の仮説が、また補強された感じがしました。(しらんがな)

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元就の何があれかって、敵よりも自分に従わない味方や同盟者への対処がとにかく陰湿なことですよ。
井上氏や高橋氏、それに和智氏、本城氏なんかもそうですが、一族ほぼ皆殺しで徹底的に勢力削いでから、弱体化した子孫は取り立てて、殺した一族は後世に祀るとか常套手段ですし。
何ら権威を持たない一国人領主の毛利氏が大きくなり、家中を統制する上で必要なことだったのかもしれませんが、標的にされた方はたまりません。
その反面、家族への手紙なんかだと小言が多い心配性のおじいちゃんだし、本当よく分かりません。好きだ嫌いだという以上に、怖いです。

最強の戦国…[全文を見る]

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個人的にはずっと疑問だった本城常光の出自が、天文24年11月26日の十三所大明神宮(須佐神社)造営時の棟札から確認できたのが収穫でした。
(「源朝臣佐々木修理大夫晴久」とともに「大宅朝臣高橋越中守常光」と記名してあったのです)

須佐の高櫓城主を務めていた本城常光は、1558年に石見銀山を巡る毛利氏との戦いを尼子氏が制した際に山吹城を与えられ、その後も毛利方の攻撃を退けている勇将ですが、晴久の死後は毛利方に付き、最後には人質となっていた子息もろとも誅殺されています。
WikipediaなどWeb上で邑智郡阿須那を本領とする石見高橋氏の庶流とあるものの、…[全文を見る]

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企画展の方ですが、尼子ファンの僕はプロローグの言葉にガチっと心を掴まれてしまいました。

  • 出雲の人々にとって戦国大名尼子氏は身近で偉大な存在であった。清貞・経久時代の急速な勃興、そして晴久末期から義久期の急速な衰退、勝久や山中幸盛らの尼子再興への執念は、今日でも、多くの人々の心に刻まれている。偉大であるがうえにも偉大であってほしいという地域の人々の願いは、富田城絵図や絵画にも顕著に現れている。尼子氏が、出雲の人々にこれほどまでの共感を呼んだのはなぜであろうか。
  • 以上、図録より引用

    残念ながら時間の都合があったため、後で図録で…[全文を見る]

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また間が空きましたが、尼子講座の続きです。

川岡先生の後は、大内氏居館跡の発掘を主にされているという、山口市史編纂室の古賀さんの講座「京都系土師器からみた尼子氏と西国の諸大名」がありました。
室町時代に京都で使用された土師器(いわゆる「かわらけ」)を模したと見られる「京都系土師器」が各地で出土されているそうですが、その形や表面から分かる製作技法によって、京都文化の受容や志向の存在が推測されるという話。

伊勢貞頼による故実書「宗五大草紙」に将軍御成の配膳が図で説明されていて、「みみかはらけ」「へそかはらけ」「大ぢう」といった、形や…[全文を見る]

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http://h.hatena.ne.jp/k-holy/299853052617623644
Diabloが何か知らない人が読んだら、出会い系か何かと勘違いしそうだなーと思った。
いやまあ、ある意味自分にとっては出会い系っていうか、普段は離れた場所に住む顔も知らない人と、ネット上の同じ場所で遊ぶ楽しさを初めて味わったのがあれなので。

そこまではまったDiabloですが、UO開始とともに次々と移住が始まって、自分も遅れて行きました。
UOの方は当時はまだ回線の重さに耐えられず、本格的にはまったのは日本シャードができてからですが…。
(ネットゲーム歴を語りだすとネット黒歴史披露になってしまうのでこの辺で)

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[怒られそうな何かを受信]
Vim「俺たち出来そこないの生物の、その憎しみの心を根絶やしにする為に、IDEは!」
Emacs「我らを戦わせたのか!」
(IDEをイデと発音するのを聞いて)

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松江で三江線のパンフレット貰ってきたんですが…

神楽キャンペーンとか紹介してる中でさりげなくこんなキャラクターが描かれてて、面食らいました。
それはともかく、三江線の景色は本当に素晴らしかったので、またじっくり沿線を巡りたいです。

ぶらり三江線WEB: 三江線で神楽三昧
http://sankousen.com/?page_id=2034

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間があきましたが画像も一通り上げたので(?)、川岡先生の講演の続きです。

講演の本題は経久の事績よりも、1552年に晴久が8ヶ国(出雲・隠岐・伯耆・因幡・美作・備前・備中・備後)の守護職補任に至った流れでした。
大まかに書くと、背景には四国・九州を含めた西国の広範囲に渡る晴元方勢力と高国→氏綱方勢力の対立があったということです。

大内氏と尼子氏の衝突はその一環であって、晴元政権は一貫して大内・毛利方に肩入れしており、1541年の吉田郡山城合戦の知らせも毛利から木沢長政を通じて幕府(足利義晴・細川晴元・畠山在氏・六角定頼)へと届けられ、毛…[全文を見る]

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10/27の講座聞いてきました。
川岡先生は尼子氏については専門外だったそうですが、今回の企画展に向けて調べた成果を元に「尼子氏の勢力拡大と中央政界」と題しての発表。
1484年に幕府から追討を受け没落した経久が、僅か2年で再び京極政経のもとで富田城に復帰した事件の背景には、周防下向中の前将軍義尹から京極政経・尼子経久・宍道秀慶の三者に対し、上洛に向けての協力要請があったと指摘されました。
対山名として細川政元・赤松政則と連携し、また大内氏とライバル関係にあったはずの尼子氏が、なぜ細川高国や大内義興からの偏諱を受けたと見られるのか疑問だった…[全文を見る]

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14時のハーバーランドにて。

かみさんイチオシの重盛さんです。とてもよく通るいい声してはります。動きもビシッとしてて格好いい方です。

イベント恒例の平安じゃんけん、といえば重衡君。
僕は速攻で負けてしまいましたが、6名の方がドラマ館&歴史館ペア入場券と非売品の巾着袋貰ってました。

新曲「YO・A・KE」。元々は「土佐おもてなし勤王党」とのコラボ曲なのですが、清盛隊バージョンで。
重盛さんのソロパートが入るので、かみさん大喜びです。
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