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ホリィ(新人)のことを語る

ここ行く前に西宮の日野神社(瓦林城)、尼崎の富松城も見てきました。
富松城跡は今までも通りかかったことはあるはずだけど、気付かなかったみたい。



縦の筋には看板があるのですが
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淡路瓦とか注文減って厳しいという話を思い出しながら を眺めつつ、新ジャンル「萌え瓦」(瓦萌えではない)はどうかと考えた。
そういや萌え寺とか話題になったっけ…と思って検索してみたら、相変わらず頑張ってるらしい。
http://j-town.net/tokyo/sanpo/sanpocolumn/136453.html

残念ながら瓦は普通のようです。そらそうか。

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大門先生の『軍師官兵衛』批評第21回 「松寿丸の命」をみる
http://blog.livedoor.jp/rekishireal/archives/39032439.html
>私にとって、もう一つ関心があるのは、捕えられた官兵衛の頭が禿げるかどうかというところだ。
そうなんですか?
>>
官兵衛が禿げ頭になることを大いに期待したい。そうでないとがっかりするし、いささか感情移入ができないところだ。故・三国連太郎は、役作りのために、虫歯でもない健康な歯を抜いたという。それを考えると、禿げ頭くらいなんてことないじゃないか。岡田准一さんの役者魂を見てみたいものだ。
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確かに、禿頭く…[全文を見る]

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( ´-`)。o 0(… …)

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どんどん長くなってどうしたもんかって感じでしたが、とりあえず今川軍追い返したところで一旦切りました。
続きはまた、信虎の追放までの流れと、その後の在京時代の二度に分けて書く予定です。

http://h.hatena.ne.jp/k-holy/316612807603486134
この投稿の流れも絡んでるのですが、松島周一氏『延徳三・四年の織田敏定と細川政元』に今回かなりインスパイアされました。

斯波義寛が義澄派に近付いた一方で、宗瑞と今川氏親が義稙派に転向していたこと、関東では伊勢宗瑞-長尾景春-長尾為景と手を組んでいること、朝倉氏に目を向けると教景(宗滴)が長尾為景と交流していたり、今川氏の庇護のもと外交官としても働いていたと見られる連歌師・宗長が何度か朝倉氏の元を訪れて教景と親しく交わっていることなど、このラインは全て義稙派で繋がってる気がしています。
関東のなんたら公方や両上杉氏と、畿内政権の関係はまだ把握できてませんが…。

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汚い字のメモからの復元なのでどっか間違いあるかもしれませんが、年次不明九月十一日、武田四郎次郎と中村某宛の村重書状より
>跡勢在之者、陣取ニ、早々孫一入手之衆、御同道候て
>(中略)
>孫一入も、大坂より夕ニ者、此方へ可被越候 必々奉待候
とのことで、切迫した状況を訴える内容なので多分天正7年の9月だと思いますが、有岡城への援軍にはみんな大好き雑賀の孫一が参加していたようです。

あと最近確認されたという道薫名義で相国寺光源院宛の書状が展示されてたんですが、南条氏が領した伯耆国内の寺領の確保に村重が尽力している内容がありました。
こ…[全文を見る]

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今日は伊丹までこれ見に行ってきました。

人物紹介パネルの他にも、隣の尼崎市にある本興寺、長遠寺所蔵の禁制類や有岡時から尼崎城へ移った後の村重書状など、翻刻と訳文がパネル展示されてて良かったです。
軍師官兵衛のキーワード投稿とか見ても、逃亡とかトンズラとか言われてますが、最近の研究では嫡子が篭る尼崎城から本願寺、毛利氏と連絡を取っていて、戦況打開のための行動であることが明らかとなっているとのこと。

来週は三好氏の研究で有名な天野先生の講演があるそうで…行けなくて残念

村重人形

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ちょうどこの後、金戒光明寺に官兵衛妹(一柳直末の妻)の供養墓が見つかったという記事があったのを忘れてました。
http://kyoto-np.jp/sightseeing/article/20140503000057
>>
同寺の僧侶が墓地を調査中に確認した。墓石には妹の戒名「心譽(しんよ)」が刻まれ、「黒田氏妹也」ともある。心譽は、戦国武将の一柳直末の妻で、生まれた男児は官兵衛に引き取られた。墓石には、直末の子孫で小野藩主の一柳末礼が、心譽を弔うために建てたと書かれている。
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読み終えました。
大森氏頼と盲目の仏師を題材とした『箱根山の守護神』もなかなか味わい深い話でした。
三浦道寸の『かわらけ』は、僕の好きな辞世の句「討つものも討たるるものも土器(かわらけ)よ 砕けて後はもとの土くれ」に一族の最期を凝縮させると思いきや、更に捻っていて良かったです。
でもやはり一番好みは『守護家の馬丁』ですね。単純といえば単純な話なんですが、定正と馬丁の人物描写、宗瑞の役回り、何より最後のオチが良いです。

まだ知識が乏しいので明確な史実、伝承、創作の境目が判断つかないのですが、どの作品も宗瑞の陰謀説が挙げられているエピソードの数々をうまく筋の通った物語に仕立ててるなぁと感心しました。
こうなるとやはり『黎明に起つ』も読みたいです。

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『修善寺の菩薩』まで読みました。どの話も宗瑞が色々な役回りで登場して、宗瑞七変化みたいな感じで面白いです。
今のところ扇谷上杉定正と愛馬龍驤を描いた『守護家の馬丁』が一番かな。
道灌を殺害した暗君として知られますが、「当方滅亡」どころか武将としては結構優秀だったみたいです。
あとこの人、南総里見八犬伝でも悪役なんですね。
それを作者曰く「武士道の端境期を駆け抜けたドンキホーテ」として、それも、定正に仕える馬丁の視点で描いたのが良かったです。

この時期の勢力関係はまだよく理解できてません…山内上杉と扇谷上杉が付いたり離れたり複雑で…。

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地方のスーパーがどんどんイオンに乗っ取られていく…。
近所のマルナカでもPB商品のトップバリュ(製造元も記載してないやつ)への入れ替えが進んで、足が遠のいてます。
最近は万代がお気に入り。鮮魚が安いし寿司もうまいんです。知らんがな

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うっふっふ。

今晩から少しずつ読み進めます…

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新しい大河ドラマを考える
虎の仮面を受け継ぐ男たちの物語…って考えてWikipedia見たら、もう6代目まで進んでるのね。
つーか
>なお、現在「タイガーマスク」名義で4代目が現役活動中であり、そのため5代目は「5代目タイガーマスク」の名称を用いている(活動している団体は、それぞれ別である)。

代替わりしたわけじゃないのに5代目6代目って、ややこしいな!!
[新しいタイガードラマを考える]

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大門先生ブログ
http://wdaimon.blog4.fc2.com/blog-entry-373.html
>>
バーミヤンは中華料理なのであるが、ランチ・メニューは洋風にちょっぴり中華チックな装いをしているという特色がある。スープはお代わりし放題。ライス大盛は無料である。実は、1,699円(税抜)で「しゃぶしゃぶ食べ放題」というのがあり、一度、朝、昼を抜いてさらに運動をして、究極の空腹状態でチャレンジしたいと思っているが、未だ実現していない。
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学生みたいなこと言ってはるわ…。

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今年は明らかに大河ドラマの影響が大きいので、ドラマと対比させながら、「本当…[全文を見る]

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評判のよい洋泉社の『関東戦国史と御館の乱』って伊東潤さんがmixiコミュニティの管理人をプロデュースした本だったのね。(Amazon干芋リストにずっと入れたまま…)
http://quasar.ne.jp/CCP047050002.html

PHP文庫で本屋に並んでるのを見て「なんで氏照(笑)」って思いつつパラパラと読んだのを覚えてますが、これも伊東潤さんが『戦国関東血風録』を元に加筆修正した作品ということです。
http://quasar.ne.jp/CCP048.html
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現代社会でちやほやされている戦国時代の英雄たち、伊達政宗、上杉景勝、毛利一族、島津兄弟らは、皆、織田家の天下の簒奪者である秀吉…[全文を見る]

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『疾き雲のごとく』…これですか。茶々丸や三浦義同の短編もあるんですね。
http://quasar.ne.jp/CCP045.html
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最も苦労したのが、短編という枠組みの中で、戦国黎明期の複雑な政治状況をいかに描くかでした。この背景描写をおろそかにすることは容易でしたが(その方が、作品の評価は高まったでしょう)、私は読者にそれを知ってほしかった。それを知らないと、伊勢宗瑞と六人の男たちが、この時代(戦国黎明期)、この場所(関東)でしようとしていたことが理解できないからです。
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これを書いた上で宗瑞の長編を書いたと。気合入ってますね。

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調査も…[全文を見る]