実は申込用紙をもらいに行く前、家を出た瞬間
「わたしが働くことで仕事の枠が一つ埋まってしまう」
「わたしが職業訓練を受けることで援助のお金がわたしにかかってしまう」
「無資格でできる肉体労働以外申込むべきじゃないんじゃないか」
とおかしな罪悪感にかられて数日悩んだ。
でもうちだってお金は必要。働いていいし、その為の訓練受けていいはず。
肉体労働できないから尚更。
でもその種の罪悪感を猛烈に刺激される面接であった。
思い出して胃が痛いなう。

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実は申込用紙をもらいに行く前、家を出た瞬間
「わたしが働くことで仕事の枠が一つ埋まってしまう」
「わたしが職業訓練を受けることで援助のお金がわたしにかかってしまう」
「無資格でできる肉体労働以外申込むべきじゃないんじゃないか」
とおかしな罪悪感にかられて数日悩んだ。
でもうちだってお金は必要。働いていいし、その為の訓練受けていいはず。
肉体労働できないから尚更。
でもその種の罪悪感を猛烈に刺激される面接であった。
思い出して胃が痛いなう。
だけど、あの対応じゃさあ。
長期間ニートだったりひきこもりだったりして、やっと仕事就くかと外に出た人とか
子育てや介護で仕事にブランクがある人とか、闘病期間の長いハイカーとか
打ちのめされると思うなあ。本当に。
背中に汗びっしょりかいちゃったよ。
その後生活支援給付金対象者ではないこと、交通費など出ないことを確認し
(交通費について聞いたとき、「ここで厳しく言っておこう」という空気が炸裂)
こちらに見えないように書類にあれこれ記入されるのを見てから受付を後にした。
何を書いていたか知らないけれど、紙の端っこに×が書かれていたのだけ見えた。
この後支援協力校に電話をして面接に合格したら学校入れるらしい。
資格取得100%校だそうなので、試験に落ちそうな人はいれない方針じゃないかしら。
お国のお金を使わせていただくっていろいろたいへんね。うちも税金は納めているんだけど。
窓口はあれがデフォルトなら問題でしょうね。でも失業率を考えると全国的にそんなものなのかも。
おばちゃんはほんとに気の毒ですが、たぶんそうとう色々面倒だと思いますよ。
わたしはもちおに養ってもらっていますから生活支援給付金対象者ではないです。
もしかすると年齢に合ったとハロワ側が考える仕事、
介護や生命保険の資格やビルメンテナンスなどなら対応が違うのかもしれません。
「わかりました。ところで、前職の関係のお仕事でもよいとお考えなんですね」
「そうですね」
「その場合、こういった資格を取得されることについてはいかがでしょうか」
使わない資格だったら要らなくね? ってことか。
「この資格は前職の内容とも関係していますので、その場合にも就業に有利だと思います」
「そういったお仕事に就くことは考えていらっしゃいますか?」
「そうですね。ただ時間の制限があるので今のところ難しいと思います」
「そのような条件が合うお仕事の募集があとになって出てきた場合ですね、ちょっと問題があるかもしれません」
これ、聞き流してたけど、思い返してみたらそんな未来のことまで責任負えるわけないじゃん。
「それは大丈夫だと思います。需要はあるので心配していません」(きっぱり)
「・・・それは、どうしてですか?」
「これから大手企業に入って正規雇用で働くのは無理かもしれませんが、
個人経営でこの資格を必要としている事業主は多いと思うので」
「そうですか。そういった場合こちらに来られる前にお仕事先をお調べになっている必要があるのですが、
具体的にそのような就職先がありましたか?」
「はい、近所でも募集がかかっていました」
申し込み用紙をもらいに来た日にたまたま壁に張っていたのが目に入ったんだけどな。
「ああ、そうですか」
「はい。それに個人でそういうお仕事を頼まれてお受けしたこともあります。
今後も需要はあると思います。その際系統だった知識と資格があれば有利だと考えています」
実家と知り合いに頼まれただけだけどな。
通りすがりなので詳しい事情は存じ上げませんが、
あのおばちゃんは訓練生活支援給付金なども考えたうえで申し込んでいたんじゃないかと思います。
「お金もらいながら勉強させてあげますよ、っていう制度じゃないですよ。ええ」
とかも言われていたので。
そしてわたしの番に。
高そうな時計とピッカピカの上品ネイルとさりげないダイヤのクロスネックレスがおしゃれなアラフォーさま。
わたしとしてはハロワの職員は事務員のようなもので、手続きを手伝ってもらう人という位置づけだった。
でもハロワの人的には、自分は国のお金を無駄遣いする低能な無職人間を瀬戸際で食い止めるのが仕事の様子。
「やはり若い方の応募が多い中で、このご年齢でお仕事があるか、どう思われます?」
…間。
「どうと言うのは?」
「募集があるかどうか、お仕事があるかどうかと言うことですね」
おまえの年齢で資格とっても就職先なかったら資格取るだけ金の無駄だよね? ってことですか。
「いいですか、ワードは文書作成ソフト、エクセルは、グラフや何かを作るソフトです」
いや、エクセルは表計算ソフトだしグラフはワードでも作れるだろう。
なんだお前もよく知らないのか。
「・・・そういうのを入力するためにもパソコンが必要ですから、操作を覚えたいんです」
「はあ。じゃあ文書作成のためにワードが必要なんですね?」
こう書くと申し込み区分に該当するよう誘導しているかのうようだけど、
実際にはボロクソ言われ続けても粘ったおばちゃんに根負けした様子であった。
”さあ、資格を取得して再就職に励もう!”
みたいな謳い文句なのに、一昨日来やがれと塩を撒くような対応に驚いた。
「具体的にってそんな、使えないから申し込んでいるんですよ」
「具体的な理由がないとですね、お申し込みいただけないんです。わかりますか?」
「”初心者のためのPC講座”じゃないですか?」
そういう講座は確かにいくつか出ている。
「ああ、そういう訓練も確かに致します。ワードですとか、エクセルですとかですね」
「事務をするにもワード・エクセルは使えないと仕事にならないと言われますし」
「事務でどうしてワード・エクセルが必要なんですか? 具体的に何をするつもりですか?
ワード・エクセルってなんだか知ってますか?」
もはや因縁としか思えないレベル。
「就職するに際してパソコンが本当に必要だと国で認められない限りですね、
訓練のお申し込みはいただけないんですよ。わかりますか?」
「はい」
「カルチャーセンターのようなものではないので。ええ。国が補助しておりますので」
「はい」
「それで、ご希望のお仕事なんですけどね、どうしてパソコンが必要なんですか?」
「医療事務ですから、パソコンが必要なんです」
「どうして医療事務にパソコンが必要なんですか。具体的に何のためですか」
おいおい、医療事務なんていま全部PCで入力するんだから必要に決まってんだろ。
と思いながら横で聴いていたわたし。
ふと思い立ってハロワに基金訓練の申し込み用紙を出しに行ったんだけど、
あれか、あの人達は向学心と勤労意欲を削ぐのが仕事か。
わたしも相当言われたけど、隣の窓口のおばちゃんとかもうボロクソに言われてたんだが。
発達障害を絶望的な不治の病のように言うのは社会的な弊害になっている思う。
生きて行くのに都合がいい、悪いはあるけれど、そこに必ずしも正邪はない。
特徴を理解すれば生きて行くのに都合がいい。
「南無一病息災」という話がある。
子供の頃から心臓に鬼が住んでいて、何をするにも第一線に行けなかった男と、
驚くほど丈夫で、いつも一番だった男の話。
心臓に鬼がいた男は鬼を胸に住まわせたまま、独自の熊追い方法を見だして
小さな家庭を持って孫子に囲まれて長生きする。
丈夫だった男は美貌の妻と財産を手にするが、その間ずっと鬼が男を見ている。
鬼も妻と子…[全文を見る]
発達障害にせよ、病気にせよ、自分を正確に知るのは生きていくのを楽にする。
それはある種の活動を免除してもらい、保証してもらうためではない。
自分の特性を考えて活動に取り組んで生産的に健やかに過ごす策を見出すためだ。
ふとしたきっかけでディスプレイの光度を下げたら、ネットに対する執着が一気に薄れた。
眠りも深くなったし体も楽になった。文字もゆっくり追えるし、節電にもなる。
内容を読んでいるわけでも、ゲームが楽しいわけでもなく、
PCを使い始めてからとにかくディスプレイを見ることをやめられなかった。
それが突然本を読むのと同程度の「やめられなさ」度に下がった。
そして光るものを見続けるのをやめられないのも自閉症者にありがちなことだと気がついた。
わたしのネット依存は生理的なものだったんじゃないかと思った。
そして冷気に当たると手足が真っ赤になって痒い件。
年に一度の腎臓内科の検診とかねて血液検査&尿検査はした。結果は週末。
一方で心療内科医はわたしの腕の内側を軽くひっかいてから、
「少し赤くなってるわね・・・寒冷蕁麻疹じゃないかしら」
とのこと。
この医師は某以下大学病院で医長を務めていたことがあって、
ああ、各種意味不明症状に慣れた精神科医にかかっていて本当によかったと実感した瞬間であった。
先週病院へ行ったときのこと。
「アスペルガー症候群の人は薬が効きすぎてしまうことがよくあって、
副作用が出やすいから、分量は成人の数分の一でいいんですって。
もうこんなに少しでいいの? っていう量でいいんですって」
「あなた、薬の副作用と離脱が酷いってずっと言っていたでしょう?
ロゼレムも、二週間目から効き始める薬なのに一晩で効いて、
その後副作用がひどかったでしょう?1/4を試してみたらどうかしら?」
そうかそうか、やっぱりな。ああ、気のせいじゃなかったんだ。
アスペルガー症候群だってわかって本当によかったと実感した瞬間であった。
最近なんだか空気もおかしいです。外に干した洗濯物が変にべたべたします。
ですが、仮に放射能の影響があるとしても当面東京で暮らす予定なので、
現実的な対処法を考えようと思います。
水については目玉が飛び出すようなお値段の浄水器は諦めて、
8年で2万円という中くらいのお値段の浄水器を買いました。
この10年ブリタを使っていましたが、ゴミが出るのでちょっと考えていたところ。
さらに比較的お手軽な値段のシャワーヘッドも買いました。
試しに浄水シャワーヘッドでお風呂にお湯を張ってみたのですが、
なんだか水の感触がどろっとして疲れる・・・。水に元気がないというか。
もちお曰く「池の水みたい」。なんじゃら。
蛇口取付の浄水器の水の方は手触りがいいです。
今日届いてさっき取り付けたので、味はこれから飲んでみます。
わたしは家では農家を応援する意味でも産地の作り手農家が見える畑の野菜を食べていますが、
ファミレスにも行くし、外食もしますから、そこで中国産を消費しているだろうと思います。
家では石鹸シャンプーですが、美容院ではサロンのシャンプーで洗っています。
何をどこまで受け入れ、拒否するかのラインは人それぞれですよね。
正確な情報を得るのはいいことだと思いますが、その後の判断を尊重することは
その判断をした人に対する尊重だとわたしは思います。
食に関しては究極的に相手の生命に責任を持てないことを考えればなおさらだと思います。
「そばはけしてあなたを害することはない」
と張り紙をした蕎麦屋さんがあったのですが、そばアレルギーがあるのは事実ですものね。
食べるものは食べないものを見下げてはならず、
食べないものは食べるものを裁いてはなりません。
神がその人を迎えいれられたのです。
- ローマ人への手紙14章3節
自分のコメントにレスが来ないと嫌味を言ったり粘着したり、
暴言を吐いたり、自説を上から目線でトラックバックしてきたり、増田に書いたりする人がいる。
TwitterであれHaikuであれ、ブログのコメント欄であれ、
人に対して質問や意見をのべることは出来る。
でもそれで相手にどこまでも自分に付き合う義務を負わせることはできない。
相手が答えないのは答えられないから、逃げだからと都合よく解釈して
一方的な勝利宣言や有罪判決を下す人がいるけど、対面だって、ふつう感じ悪い人とは話さない。
家族だって友だちだって夫婦だってそうだ。ましてよく知らない相手なのに。
最低限の礼儀とは敬語を使うかどうかということでないのはもう言うまでもない。