そろそろ本宮祭が近付いてまいりました。宵宮7/19土曜です。

というわけで久々にお参り&お山巡ってきました。


なんか立ってるし…。
…[全文を見る]
お話しするにはログインしてください。
伏見稲荷大社のことを語る
コネタ何かを受信のことを語る
そろそろおれも大人肉ぶっかけ
ホリィ(新人)のことを語る
今週のアクセス数、久しぶりに3桁超える日がありました。

三木合戦はあまり描かれることなく終わったのですが、「三木合戦図」「三木合戦絵図」は一定のアクセスが来てます。
複製の複製とはいえ絵の拡大を載せてるところは珍しいと思うので、たぶん画像検索から流れてきてるんでしょう。
相変わらず「勢力図」とかで検索してくる人も多くて、すみません…播磨の勢力図は『戦え!官兵衛くん』を見るが良かですよ。
あと、御着落城の記事を上げたけど、ほとんど影響ありませんでした。みなさん小寺氏にはあんまり興味ないみたいです…。
ホリィ(新人)のことを語る
戦え!官兵衛くん。 第266話 宇喜多直家死去
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-385.html
信長へのお歳暮、この話に出てくる「二見蛸」もこの時のかな。
http://club.kobe-np.co.jp/mint/article/odekake/akashiyaki-manyuki20090505.html
当時から干し蛸が保存食とされていたんでしょうか。まあ現代ほど輸送も早くなかっただろうし。
検索したら、野里鍋のほか播磨針というのも京都で有名だったみたい。
播磨は古代から瓦やら製鉄やら製造業が盛んだったんですねえ。
ホリィ(新人)のことを語る
パスワードに代わる、新しい認証方式を考える
電話越しに「わしや」言うて認証要求してくるお客さんとかいますよね、あれはほんとやめて欲しいです。誰やねん!!知らんがな!!
今の会社に入ってから外の電話にはほとんど出ずに済んでますけども。
朝おはようのことを語る
ホリィ(新人)のことを語る
水道修理マグネットって見たことないなー神戸にはないのかなーって、よく考えたら自宅のポスト一度も覗いたことなかった!!
ホリィ(新人)のことを語る
義輝暗殺は三好宗家の後継者となった義重(義継)と松永久通、三好長逸が主導したと推測されていますが、長慶の死が伝わっていなかったこともあってか、『信長公記』には「天下執権」たる三好長慶に対して義輝が「御謀反を企てらるるの由」とあるそうです。(近世に成立したはずの『北条五代記』でも長慶が義輝を討ったとされているとか)
また、義継の母が近衛家と関白の座を争った九条家の出身であったためか、義輝暗殺後に近衛家も討伐されるのではとの噂が立ったそうです。
義継は栄転授与により将軍並に家格を上昇させた三好宗家を継ぎ、九条家にも縁を持つ最高級の…[全文を見る]
朝おはようのことを語る
ホリィ(新人)のことを語る
松永久秀の評価については、天野先生の久秀論を未読の方には相当新鮮に感じられるはずです。
三人衆と袂を分かち、義昭を奉じた信長に降伏し、その後信長を二度裏切ったとされる久秀ですが、義輝暗殺には積極的に関わっておらず、興福寺一乗院にいた覚慶(義昭)はわが身を心配していたところで久秀から誓紙を受け取って安心したとの書状を松永久通に送っていて、久秀は当初から義昭の擁立を計画していたのではないかと見られています。
長慶の生前から松永兄弟は一門として遇されていましたが、長慶の死後、丹波を治めていた弟の内藤宗勝が荻野直正(赤井直正)に敗死し…[全文を見る]
赤→黄色→青を繰り返すのことを語る
想像で語るアナと雪の女王のことを語る
雪の女王「ああ、恥ずかしい!アナがあったら入りたい!!」
発祥の地のことを語る
発祥の地のことを語る
ホリィ(新人)のことを語る
一巡目読了しました。
天野先生の三好長慶や松永久秀への評価については以前から講演でも伺っていたので、驚くほどのことはなかったんですが、領国支配体制や家臣構成は初めて知ることが多く勉強になりました。
一番読み応えがあったのは、三好政権がいかにして足利将軍家を超越しようとしたのかというところで、まさに信長の先駆けとなった事例の解説です。
今谷明氏は義輝をはじめ幕府を近江へと追いやったことを「栄光の5年間」として、幕府との和睦を三好政権の後退と評価しましたが、天野先生は反対に、和睦以後がまさに足利家の権威に挑戦した時期だったと説明してい…[全文を見る]
朝おはようのことを語る
ホリィ(新人)のことを語る
三好宗家としての政務を芥川山城の義興に任せ、自身は摂津・河内・和泉・大和の全てに通じる飯盛山城で天下を睥睨するという体制で、時には大和の松永久秀をフォローすることもあったようです。
これは他の分国でも同様で、三好政権はある地方で敗れても分国の力を結集して逆襲する展開が何度か見られますが、それも水運の要衝を掌握したことで機動力を活かした戦略が可能だったからでしょうか。
あと面白いのは飯盛山城の周囲を固める城主にキリシタンが多かったことで、深野池の周辺はキリシタンの聖地として発展しており、宣教師の記録にも河内の様子が多く描かれているそうです。
松永久秀も自身は法華宗と関わりが深く後に京都で宣教師追放運動を主導しますが、家臣には清原枝賢や結城進斎ら高名なキリシタン武将がいました。高山右近の父・友照も当時は久秀の麾下に属しています。
ホリィ(新人)のことを語る
長らく愛用してたテキストエディタPeggyが気付いたら販売終了になってた…。
http://www.anchorsystems.jp/
仕事用にはいい加減乗り換えなきゃいかんとは思ってたんで良い機会ですが、普通に文章書くのどうしようかなぁと。
今更秀丸に戻るってのも微妙だし、文章に特化するならMarkdownエディタの方がいいかも…?
「太陽にほえろ!」の新人刑事を考えるのことを語る
ノーパン
ホリィ(新人)のことを語る
永禄3年に長慶は三好宗家の家督とともに畿内の政庁・芥川山城を嫡子義興に譲って、河内の飯盛山城へと移りましたが、この城は麓に深野池が広がり、大和川水系を下って渡辺津から大阪湾に出ることができ、尼崎、兵庫津、堺といった大阪湾岸の都市を拠点とする三好政権にとって格好の居城だったようです。
あえて麓に城下町を作らず政治と経済の機能を分担し、京都に本寺の本能寺、尼崎に本興寺、堺に顕本寺、兵庫津に久遠寺、更に淡路の妙勝寺、備前牛窓の本蓮寺、備後尾道の妙宣寺、讃岐宇多津の本妙寺、阿波撫養の安立寺、果ては種子島の本源寺と、流通経路に当たる港町に教線を延ばした法華宗日隆門流を保護することで、これらの都市を経済基盤としたとのこと。
沿岸部に限らず、惣中など自律的な都市共同体を信仰の繋がりを利用して掌握しようとしたのが三好政権の特徴ですが、それが信長上洛時の崩壊の早さにも繋がったのでしょうか。







