多少雪かいといた。
月曜からなんだよと思う一方で、一昨日昨日降らなくてよかったとほっともする。一昨日はおかあちゃん連れて外出、昨日はおかあちゃんデイでわたしと同居人は所用で外出、だったので。
問題は今日のデイである。お迎えいつ来るだろう。まあ今日はわたし予定ないからいいけども。
※ふだんでも日によって最大二時間お迎えが遅れたりする……

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多少雪かいといた。
月曜からなんだよと思う一方で、一昨日昨日降らなくてよかったとほっともする。一昨日はおかあちゃん連れて外出、昨日はおかあちゃんデイでわたしと同居人は所用で外出、だったので。
問題は今日のデイである。お迎えいつ来るだろう。まあ今日はわたし予定ないからいいけども。
※ふだんでも日によって最大二時間お迎えが遅れたりする……
同居人は原作読んでないし映画も予告見ただけだが、ドラマのそれこそ最初の授業風景のとこをチラ見して、「あ、これは高等教育受けるヤプーなんだな」と思ったんだそうな。
たぶん読まないし見ないというんで、いろいろしゃべっちゃったけど、そうやって説明してると、書き方が巧いのが改めてよくわかる。
わたしにとって衝撃だったのは、彼ら自身に最終的な始末までさせるのか、ということだったのね、むしろ。おかしいだろうか。あれをさせるかどうか、というのは、かなり大きな違いを生むように感じたのだけれど。
どこやらで、原作者が第1話の脚本の最初の5分ぶんを読んだ時点で「これまでになかった視点を与えている」と言った、というのを読んだけど、それはここのことなんじゃないかなあと思うが、どうなんだろう。
ネタバレ絡みで。
「どこまでに命があるか」「どこまでに心があるか」あたりの問いかけは、西洋哲学の重要な問いかけのひとつのはずで、それが本当に真剣に「有無」を問題にしてるんだということ、は、一般にはわかられにくい・わかられてない事なんじゃないかと思う。だから『わたしを~』でそれが出てきた時、ああここに行くのか、相変わらず、とちょっと思った。
避妊とか中絶反対派っていうとすぐに宗教絡みと思われるけれども、それはほんとはたぶん違う。キリスト教以前から存在した設問で、今も変わらず議論され続けてるんだろうなと思う。
わたしは原作のヘール…[全文を見る]
着の身着のまま
タイマー仕掛けて
いわばゾンダーコマンド養成所、という設定。原作もそれを含む可能性は、確かにある。言葉の言い換えとして、介護人、はありうる。だから、それはうまいのかもしれない。
ただ原作の青春小説のような味わいとは変わるだろうと思う。視点を外に持ってってしまったので。
どう転ぶかは様子見かも。
このあたり、映画ではどう描かれてるのかが気になる。
人情話
ドラマの『わたしを離さないで』、タイミングよすぎなので見てみたけど、うーんこれはだいぶ「解釈」が入ってる、なあ。ずいぶん解釈か解説かわからんようなもんを交えてきたので、記憶や思い出の重なりあいによる揺らぎみたいなものは期待できないかも。
介護人がそこまでやる設定に、とか、「始末」という、原作にはない言葉を使ってしまうのか、とか。CD(カセットテープ)の設定もえらい変えてしまったけど、なんだかなあ。
それにしても、子役の子たち、よりによってトモが一番綾瀬はるかに似てて、ちょっと笑えた。
オールドボーイ見たの、精神的にかなりやられてた時期で、さらに内容もちょっと自分のトラウマに重なるようなもんだったんで、ダメだったのです。たぶん。映画の中でふるわれる「力」、金づちやハサミが、実際に自分への肉体的衝撃として感じられそうなくらいきつかった。
悪夢の中で自分が自己防衛のためとはいえ他人に棒を突き刺した時、目覚めてからもずっとその感触が手から、脳から消えてくれなかった。ああいう感じ。
それはすごいことなのだろうけれども、あの時のわたしには最悪の感覚しか残さなかった。
後々、知人から教わって見た『映画は映画だ』はレイプシーンを撮影するところ以外は平気だったので、正確には暴力シーンというのとは違うんかもしれん。でも、イメージとしては「暴力」なんだよね。
ちなみにその知人は逆にわたしからタイトル聞いてオールドボーイ見たそうで、そんでやっぱりダメだったらしい。
【イタ語】
休み中でやったこととして、
sono andata al cinema. 007. Monica verucci ha fatto la ragazza di bond. lei è la ragazza anziano più.(映画を観に行きました。007です。モニカ・ベルッチがボンドガールをやりました。彼女は最高齢のボンドガールになりました)
と言ったら、
mmm, non anziana.... lei non è anziana. meno giovane.
(んー、anzianaは違うかなー、彼女は高齢ではないでしょ、一番若くない、がいいよ)
と。
なるほど、meno(英語ならless)ってこういう時に使えるのか。納得。
i obiettivi nel 2016
(non vorrei, solo voglio!)
leggo un libro in italiano.
trovo il lavoro(interessante)
(2016年の抱負、ただし、「できたら~したい」ではなく、「~する、絶対に~したい」で)
・イタリア語で本を読む
・仕事(意欲の持てる)を見つける)
で、イタ語ご一緒してて、目を傷めたのでもう編物しないの、という方から、毛糸をペーパーバッグ一袋いただいた。あともう二袋あるわよ、とのこと。
うわーい。編み放題。あとは編んだものをさしあげる先を見つけないと(笑)
今年初のイタ語。
宿題も予告もなかったが、正月休みに何してたかは聞かれるだろうなあと思いつつ行ったら、
クリスマスと正月に何してたか+今年の抱負というか目標を言え、と。
先生の隣に陣取ってるんで、わたしが最初。準備してなかったわりには喋れた、と思う。
で、みんな、喋れてた。もちろん私同様にあるていど予想して準備してた人もいるけど、抱負のほうはしてなかったはず、でも、喋れてた。すげえなあ!
今日のスノーピアサー録画したけど、見るの迷うなー、というか録画するときも迷ったんだよなー
設定はおもしろそうなんだけど、韓国映画の痛そうなのは、本気で吐きそうになるくらい苦手なんよね。『オールドボーイ』マジ後悔した口。
やめといたほうがいいかしら……
おもしろかったのは、文章がリアルだったこと。確かに実際人が思い出を語るときってこういうふうにぐるぐる回るよなあと。というか、わたしが話したり書いたりする時こんなんなってる、その自覚がある。聞き手によっては、本線に戻ってこない。
訳者さんがあとがきで書いてたこと。わたしは、エミリ先生は使い、マダムは使わないと思う。
記憶すること・してること、と思い出を持っていること、とは違うのだな、とよくわかった。
で、これに伴って逆行する感じになるけど、Dlifeで録画しといた『白夜行』も見た。前にも書いたが、東野圭吾はずっと避けてたので、これも見てなかったし、内容も知らなかった。堀北真希がともかくよかった。
これは原作をそのうち読もう。映画の感触で、有吉佐和子の『悪女について』みたいな書き方してそうだな、と思ったんだけど、ちらっとググってみた感じでもそうっぽいね。
ドラマになるというのを知らずに年末に借りた『わたしを離さないで』、昨夜読了。ドラマは今日からなんね。見ようかどうしようか迷うな。
映画のほうはまだ見てない、でも映画館で予告を見た覚えはある。
読んでて、クィン氏のサタースウェイトを思い出してた。あの本のラストが怖かったし、胸に刺さってた。
ルビーの首輪
この冬はあちゃらでなんぞでっかい文化系フェスタでもやるのか。
次から次に引き抜いていかないで。