ネタバレ絡みで。
「どこまでに命があるか」「どこまでに心があるか」あたりの問いかけは、西洋哲学の重要な問いかけのひとつのはずで、それが本当に真剣に「有無」を問題にしてるんだということ、は、一般にはわかられにくい・わかられてない事なんじゃないかと思う。だから『わたしを~』でそれが出てきた時、ああここに行くのか、相変わらず、とちょっと思った。
避妊とか中絶反対派っていうとすぐに宗教絡みと思われるけれども、それはほんとはたぶん違う。キリスト教以前から存在した設問で、今も変わらず議論され続けてるんだろうなと思う。
わたしは原作のヘールシャムに収容所的なものではなく、畜産農場みたいなものを感じていた。ドラマでは明白に「洗脳」だったけれども、おそらくその意識は、原作の職員たちにも社会全体にもなかろうと思う。洗脳は人間に対して行うものだけれども、既に原作の彼らにとっては提供者は人間ですらなく、賢い家畜なので。「心の有無」が、だから出てくる。
敢えて誤解を恐れず書くなら、欧米でのユダヤ人に対する感情とそれに基づいて起こったこと、と、黒人に対するそれらとの違い、みたいなもの。酷いことに変わりはないが。
