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ホリィ(新人)のことを語る

Papathana's ブログ
明応軍乱編⑬阿州参陣
http://papathana.cocolog-nifty.com/papaneta/2016/04/post-ae55.html
明応軍乱編⑲永正の錯乱
http://papathana.cocolog-nifty.com/papaneta/2016/05/post-4feb.html

こちらの一連の記事を読んで考えていたことでもありますが、それまで上原賢家・元秀父子や赤沢宗益といった新参者を重用してきた政元が、後継者を澄之から澄元に変えて阿波細川家を中心とした体制に切り替えようとした段階で、これに反発した澄之方内衆によって殺害されたために、高国はその揺り戻しとして、譜代内衆の中から特に代々の丹波守護代を務めた家…[全文を見る]

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特別展「一乗谷 戦国城下町の栄華」の図録も買ったので読んでます。


こちらは朝倉氏遺跡資料館で見た歴博甲本「洛中洛外図屏風」復元映像の解説ですが、個人的に興味深い説明がありました。
大永6年頃の将軍足利義晴と管領細川高国の京都を描いたもので、左隻2扇中下の「てんきう」(細川典厩邸)の下に描かれているのが丹波守護代の内藤邸だそうですが、足利義輝在京期の永禄年間頃を描いた上杉本(後に上洛した信長が謙信に贈ったことで有名なやつ)では、ここが三好長慶の邸宅になっているという話です。
当時はここに内藤国貞が住んでいたものと思われますが、後年そ…[全文を見る]

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歩道は真ん中を歩く派です。車道の反対側の端だと突然マンションの玄関から子供が飛び出してきたり、地下駐車場から車が飛び出してきたり、ベランダから水を落とされたり、要は国道沿いにマンション建てんなぼけぇってことです!!!
すみません取り乱してしまって…。

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足元に、若者たちのために(?)這いつくばって撮影しているおっさんが見えたので…

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一乗谷の谷っぷりを味わった後は、がーっと海側に移動して東尋坊へ。城とか史跡ばかりではかみさんに申し訳ないし、丸岡城はまたの機会に…。

もう30年ぶりくらいだと思うんですが、うっすら記憶しているイメージとあんまり変わってない感じ。
もっと寂れているんじゃないかとちょっと不安がありましたが、さすが有名観光地ですね。


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次の人にジャンルを指定してひとりごと
書き込みが間に合わなかった悲劇を繰り返さないために、どこにでも返信すればOKにしたらどうだろう!!我ながら素晴らしいアイディーア!!
一瞬だけ思ったけど、それじゃただのひとりごととあんまり変わらないことに気付きました。

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もちろん朝倉氏遺跡資料館にも寄りました。(むしろこちらがメインのつもり…)

今やってるのはこれ。昨年の特別史跡指定45年記念特別展「一乗谷 戦国城下町の栄華」を見られず悔しい思いをしてたんですが、割とその時のも使い回されてる感じ?で、来て良かったです。
「一乗谷城下町図屏風」(想像)や、歴博甲本「洛中洛外図屏風」の映像もありました。

「一乗谷城下町図屏風」からですが、朝倉宗滴の屋敷が一乗谷の北の玄関口に当たる安波賀の近くに構えられているのが興味深いです。
西山光照寺は天台宗真盛派の寺院で、斯波義敏に味方する堀江氏ら有力国人の守護方と…[全文を見る]

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諏訪館跡庭園は義景夫人(いわゆる小少将)の館跡と伝わる庭園です。

庭園中央ある石碑は幕末頃に供養のために建てられ、左から「性安院殿大岫宗淳大居士」(四代孝景)、「長陽院殿天澤宗清大居士」(三代貞景)、そして「月光院殿照葉宗滴大居士」(教景)の法名が朝倉家菩提寺の心月寺和尚によって刻まれています。
当主ではない宗滴が名を連ねているのは、近世以降もその武名が人口に膾炙していたことが窺えますね。
心月寺は松平氏の北ノ庄入城に伴って移転しましたが、朝倉家はその後も代々の越前藩主によって丁重に供養されていました。

こちらが初代孝景を祀る英…[全文を見る]

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商家という設定で復元された家。戦の時は武士として戦いに出る想定で、刀や腹巻鎧も置いたとのこと。
「納戸の入口で、子供が恥ずかしそうに客を見つめています」要るのかそのシチュエーション。


2011年に来た時と微妙に配置が変わってます。大掃除とかで置き直してるんでしょうか。

朝倉ゆめまる特別住民票…世帯主で、福井市宣伝隊長で、妖精なんや…妖精…。
得意技はお友達と仲良くなること・瞬間移動。なにそれ。
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英林塚へのお参りも兼ねて、4年ぶりに一乗谷遺跡と復元町並みにも行きました。


こう見ると山に囲まれた一乗谷の雰囲気が感じられていいですね。

一乗谷遺跡では戦国時代に使われていたという将棋の駒が出土してますので、このような展示もあります。
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余談ですが尾藤知宣の最期、小田原開城後に帰参しようとして逆に秀吉によって手討ちにされたという有名な話、『武辺咄聞書』に収録された逸話のようです。
http://www.kikuchi2.com/buhen/buha116.htm
この話だと尾藤知宣は改易後「天下御かまひ」(いわゆる奉公構でしょうか)とされたため北条氏政に仕えていて、秀吉に抗戦を続けて同じく北条方となっていた柴田勝家の猶子・佐久間久右衛門安次兄弟が「誠に大丈夫也」と秀吉に賞されて赦されたのを聞き、秀吉が小身の頃から功を立てた自分なら当然許されるだろうと思い僧体となって参上したとありますね。
>>
「佐久…[全文を見る]

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この「尊良親王御墓所見込地」というのも微妙な経緯のようで。

この辺りで経塚が発見された幕末当時はあまり注目されなかったのが、明治維新後の建武中興の顕彰の流れを受け、経塚の出土品からここが尊良親王の墓所であると解されて、明治9年に建てられたのがこの石碑だそうで。
でもその後どういう経緯かは分かりませんが、京都市内に親王の陵墓が指定されたため、「見込地」のままになってしまったということのようです。


金ヶ崎城はこんな立地です。手前はJR貨物の敦賀港駅ですが、今は列車が運行されていないそうです。
金崎宮の創建を受けたものか、Wikipediaによる…[全文を見る]

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[信長の野望201X]
今日は昼過ぎから雨だったので結局図書館には行かず家籠もり…1周年で色々追加されたのをチェックしつつ遊んでました。スポンサー枠が増えてたのに気付かずスルーしてた…。
こないだ迎撃戦イベント初めてやったら、思いのほかたくさん報酬の紹介状を貰ったけど(約6人分)もう武将枠がないので引けない…ただでさえギリギリなところに開眼導入で限界です。
その上、過去の勾玉交換も期間限定でできるとか、カードを惜しみなく振る舞って課金させに来てる感じ(笑)
現在のリーダー滝川さん

ついに初期スキルの応急手当を無欠の備・参で上書き。一時は屍特攻…[全文を見る]

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北陸旅行のこともぼちぼち…敦賀では金ヶ崎城跡に少し寄りました。中腹の神社のみで山城の遺構などは未確認ですが…。

金ヶ崎城といえば信長の朝倉攻めでの退却戦が有名ですが、元は朝倉氏が越前掌握して以後、敦賀郡司を置いた城で、当時は敦賀城と呼ばれていました。
敦賀郡司には朝倉孝景(英林)の弟で応仁の乱で活躍し「朝倉の小天狗」と呼ばれた景冬、その女婿となった甥の小太郎教景などが就いています。教景は法名の宗滴で有名な朝倉三代に仕えた勇将ですね。
細川政元が管領の時代、景冬嫡子の景豊が政元の誘いに乗り、義父の元景(景総)と共に宗家の貞景に対し謀…[全文を見る]

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うろおぼえG7
郷里大輔、銀河万丈、玄田哲章ときて、おっいけるんじゃね…って一瞬思ったけど後が全然続かなかった

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http://h.hatena.ne.jp/k-holy/83462760509995438
むしろ「スペースローンウルフ」で画像検索して出てきたページのタイトル「天才レスラー武藤敬司の足跡を髪型中心に辿ってみた。」に笑ってしまった

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かつめし食べようと思ってたんですが、お気に入りのエデンも閉まってたので結局何も食べずに加古川を後にしました。
東二見あたりに玉子焼の店が何軒かあるので、そちらも寄ってみたんですがやはりもう閉店…。

そんな時に頼りになるのが明日香です。どこが本店なのかよく分かりませんが、播州一帯のあちこちで見かける喫茶店&レストランです。神戸では見かけません。
検索してみたら、東加古川本店と加古川店の公式サイトが見つかりました。ドメインが違ってて、それぞれリンクもしておらず、店舗一覧なんかもありません。なぜだ…。

魚住店限定の「ぷりぷりかつめし」を食べました。ぷりぷり。もうちょいソースが勢い良くかかっていれば、もっと良かった。

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加古川の続き、その他諸々

まだ間に合った、あん工房 豊穣庵。ここのくずもちが目当てです。

ぷるぷるのくずもち、今回はノーマルなやつと日向夏あんの2種類で。あと抹茶あんがあります。

こちらは加古川一うまいという噂の翁介。何時行っても閉まってるので、僕の中でどんどん期待が高くなってもはや伝説の域に達してます。食べたことないのに。
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土日は尼崎の図書館に向かうつもりでしたが、たまたま通りかかった西宮市立中央図書館に寄ってみたら、群書類従、続群書類従、続々群書類従、群書解題、国史大系が揃ってて、しかも閲覧室は届け出不要で利用できたので、そのまま居座ってしまったという…せっかくなので越水城跡のことも調べました。
明治29年に城跡(字桜ヶ谷)に大社尋常小学校が設立、傾斜地が多く狭小となったため大正7年に現在地に移転、校地跡を買い取った中弥兵衛氏が大正9年頃に自宅を新築した際に「越水城趾」の碑を建てたものの、その後土地の持ち主が変わり、住宅開発の波で取り除けられていたそ…[全文を見る]

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丸島先生いわく、今回は中世から近世への移行過程で社会がどのように変化したのかを描く目的があったそうで。
尾藤道休がああいうキャラクターになったのも、刀狩令と喧嘩停止令の影響を伝えるためだったわけですね。
後に信繁は大坂の陣で、そういう新しい世からあぶれた連中と協同して戦うことになるわけで、信繁にああいう役回りをさせたのはその皮肉を描いたのかと感じましたが、はてさて大坂の陣での信繁のポジションはどうなるか…。