異論はあるでしょうが、田村さんの言ってることってそう言うようなことだと思う。
もちろん、各国のスケ連がジャッジに対して圧力をかける、だとか自国の選手アッピールだとかがないとは思いません。
あるんじゃないですか。しらないけど、あるんじゃないですか。
スポーツライターとして、そう言うのがある、と言うことを知らせるべき、というのならそれもそうかもしれない、とは思う。
でも、だからってそれに対してジャッジが屈している、というのは、全く別の問題だと思います。その問題があるのなら、そしてそれが不正だと訴えるのなら、それはそれでちゃんと書いて欲しい。
記者クラブだかバックステージでみんなが漠然としている噂を、選手の名前出して書くなっつーはなしです。
田村明子さんは、以前その著書で
「採点に文句を言い始めた選手は弱くなる」と言っていたけれども
だから、マスコミの私が公平な感覚で、という考えにでも変わられたんでしょうか。
自分自身を公平だ、と言う人ほど不公平な人はいないので
私からするとジャッジ資格を持たない人なんて
ジャッジする資格なし、だと思うんですけど。
なんか、この手の物でよく思うのは、みんな、
採点競技をそんなに公平で平等な物だ、と思っているの?
もちろん、公平で平等でなければならないけれど、でも、「人間の目がジャッジする」という不公平さも含めての公平さよ?
公平で平等で…[全文を見る]
あと、フリーで仕事をしてる人とかも、金銭とか社会的信用だとかを犠牲にして当たり前、と思われがち。確かに、会社が発行してくれる社会的信用もなければ生涯賃金を保障してもらえるわけでもないのだが、それを望んではいけない、とは私は思わない。
少なくとも、安い報酬や無茶な仕事の振られ方には文句も言えば愚痴も言うし、そこに問題意識を持ちたいと思っている。
そう言う問題意識を持たなければ、この仕事を、不当におとしめるだけだもの。
具体的には、買い叩かれて当たり前、無茶降りされて当たり前、になるだけだもの。
しかし、半フリーでの仕事している私が…[全文を見る]
朝、NHKのニュースでやってた日本のバレエ事情をみながら
日本で文化・スポーツ・芸術関係で食べていくって本当に大変、としみじみと思う。
そんなの、食べていくのは、どこだって大変だけど、日本の何が大変って
多くの人が好きなことを仕事にする、ことを貧乏だとかと等価交換だと思ってるから。
好きなことを仕事にしている人」は一握りの人間だ、と言う考え方があって、そこには選ばれた人しか行けなくて、だから、好きなことを仕事にしている人は、何かを諦めなくちゃならない、みたいな。社会的信用とか、金銭とか、そう言う物を。
そんなわけ、ないじゃーーーん。
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自分の大事な物を誰かにあげたとして、それでなんかの機会にその人の中の私に出会う事があるとして。
「あなたが大事にしてきた物だから、捨てられないわ」
は、嬉しいかなあ……。なんか、嫌な気がするなー。え、いらないなら捨てな?って思うと思う。
そんな事より「これ、大好きなんだよねー。」って良いながらその人がそのものを愛でて、大事にしてくれて、まあ、もしも機会があれば「○○からもらったんだよねー」位の事をいわれたら、天にも昇る気持ち、はいい過ぎにしても、まあ、私が死んでたとしても浮かばれる気がする。
……これって、あれかしら。
わたしのーおはかのーまーえでーなかないでくださいー
みたいな気持ちってこういう事かしら。
そこにーわたしはーいませんーねむってなんかいませんー
みたいな。
食器の事をつらつらと考えているうちに、結局、物っていつかは別れなければならない物だな、と気がつきました。
もちろん、何代にもわたって引き継がれていく「物」もあるでしょう。
でも、私との付き合いは、どうやったって、私が死んだら、おしまい。
そしてその、物との間にある物語も、無理して誰かに引き継ぐべき物ではないし、
というか、引き継ぐなんて無理な話で、もし、誰かの手に私の大切な物が渡ったのだとしたら
そしてそこに、私が気づいた物との関係への共感があったとしても
そこから先は、その人と、その物との関係であるのだ、と思います。
そこに私は、…[全文を見る]
それでさ、結局、これ、どういうもの?捨てても良い?価値があるの?あるなら、私いらないから、そっちにもってくねー、っていったところでさ。
母が死ねば、その食器たちの処分は多分、私がやる事になるのだよ。
妹は、いらないって言うんだから。欲しい物もあるかもしれないけれど、少なくとも、私がいらないって言うような物、妹だっていらないよ。私以上に和食器に興味がなく、更に料理だって特別得意じゃないし、そういいつつ生活雑貨にこだわりを持って集めてる妹なんだもん。
となると、ほぼ、私が片付けるんだよ。じゃあ、結局一緒なんだよ。
というわけで、ブックオフバザールは、食器買ってくれるんですか、と言う事なんですよ。
しかしそもそも私が、母からもらった物を「譲り受けた」なんていってる事も問題なのであって、「受け継いだ」とか、ただ物をもらっただけなのに、どこか私の中で、受け継いでいくもの、に対する憧れと言うか、多分「良家」の象徴みたいに思っちゃってるんだろうと思う。どうなんだそれは一体。こう、育ちのいい家に対する憧れ、みたいな物があるんだろうね!私の中にね!
しかし実際のところ、これらはもっと単純に、母が私にくれた物、にすぎず、だから、そこから先は私の自由にしていいはずなのだし、もちろん、食器一枚一枚にはそれを手に入れた母にはそれなりの物語が…[全文を見る]
でもときめくお片づけって、「もしかしたら価値があるのかも」といって二束三文の物を取っておいてしまう、というにんげんのいやらしーいよくぶかーーーいださーーーい気持ちをぽいっとすてる練習なのかもしれないから、終わる頃には、ポイッと出来る事を祈ってるよ!
ぽいっとできなくても、せめて、これは捨てるための保留、母に価値を聞いて、たいした事なかったら捨てよう、価値があるわー、と言われたら、それは母に取って価値があるんだから、母に戻そう、とおもえるくらいになるといいなって思ってるわ!
今回、母の家で食器を選ぶ時は、とにかく厳選して、実際持ってみて、「私が」良いわ、好きだわと思う物をもってくること、を心がけた。「私が選ぶから」と言って母を呼ばず、何か質問があるときは私がその食器を持って母のところに行った。
実は私、結婚のときにこの食器棚(と言う名の箪笥)約一棹分(いや、2/3くらいか?)の食器を、既に譲り受けている。その際、典型的長女で気にしいな私は、母の「持っていきなさいよ〜」を断る事が出来ず、いくつか、せっかく譲り受けたけれどもときめかない、と言う物を手にしてしまっていたからだ。
母は基本的に捨てられない性格…[全文を見る]
とりあえず手で持って帰ってきた小さなものたち。

あ、青いな。自分の好みがわかりますね。
もっと大きな大鉢とか、さっきの写真の丸い大皿とか(同じサイズの物があったのでやめた)、火鉢とか、でかい花器とか、現在実家で絶賛仕様中のもろもろの食器等々、欲しい物はまだまだあった。
「とりあえず遺言で、食器はわたしにくれるってかいといてよ」
と言って「やだよ!」って言われてきた。
特に日本酒が好きと言う訳ではないんですが、おちょこは割と高確率でときめく事がわかった。
使わないと思うでしょう?否!眺めて、持って、おいて、眺めて楽しむの!
(嘘…[全文を見る]
ところで、JスポーツがBSに移行したら、今cs環境が無理な人でも、Jスポーツが見られるようになる人、いるんじゃないのかな?近年デジタル用TV、もしくは録画機器を購入した人なら割と簡単に見られるような。
放送権の問題とか、来シーズンに対して懸念が多いのだけど、せめて、このすばらしいフィギュアスケートの放送を見られる人が増えるなら。
4大陸選手権見てたら、パトリック・チャンに大きな羽が生えているバナーがかかっていて、思わず「セフィロスか!」と思った。
でも、羽が生えたような雲の上を行くような滑り、というのはよく表している。
しかしセフィロス……。
夫曰く、「この人の凄いところは、ただ滑っているところが見所って言うのが凄いよねー」だそうだ。セフィロス・……。
浅田真央のルッツにeマークがついておらず、spの2個目のジャンプも、2A+3tにも<が刺さってない、と言うのが、ねえ。もうね。2位とか、ほんとどうでも良いんですよ。
あとは、演技安定させてSS出してほしいです。
「みてみて!ラコステの冒頭のこの表情!『アルゼンチンよ〜泣かないで〜国民よ〜』って感じでしょ!」
「ほらほら!『泣かないで〜』」
「見て!ジャンがこんなに絞って……がんばれ!頑張れ……!ほら!みた?次パールスピンだよ!あなたが何年か前に見て、これ凄いね、って言ってたやつ。わわわわわああ!みた?今のビールマンへの変形すっごい!」
「私ね、私、このアシュリーのすばらしさを、とくにこの…このスパイラルのぐっぐっぐ・・・ほらああああ!すごい。このすばらしさ、全日本人に知ってもらいたい!」
とか言ってたら、夫にうざがられたなう。
キャロライン・ジャンが、最後のジャンプを着氷した瞬間、ぱっと笑顔になったんだけど、その瞬間、会場が沸いた。まじでアメリカの観客わかってると思った。みんな大好きだ!と思った。
と言う訳で、人生がときめくーは電子書籍で買おうかな、と思ってる。
断捨離もときめくお片づけも、ただ盲目的に言われた通りにやる、と言う事をしなければ行けないんじゃないか、と思うんだけど、何に抵抗がある勝手言うとそのほんを買うのに抵抗があるのでした。だってー。荷物減らすために増やしたくないの。
そうはいっても、私は自分の持ち物を厳選したい。好きなものだけにしたいし、好きなものだけを大量におきたい。ものを減らしたい、のじゃなくて、大事なものだけに囲まれたいし、自分の持ち物を把握していたい。
あと、大判本棚(主にA5サイズの漫画がはいってる)も見渡してみるとわかったことですが、私は、いわゆるエッセイ漫画にはあまりときめかない、と言う事だった。
作家がスタイルを持った上での私小説的な私漫画はわりとときめくのだけど
webで連載していた系、ちょっと悪い言い方するけど、ブログ上がりのエッセイ漫画は、見返してみるとちょっとした嫌悪すら感じるのだった。
最初に読んだときはそれなりに楽しんだのにー。
大笑いした漫画もある。ダヴィンチのwebコミック系作家で
しばらく買い続けていたものもあるし。でも、もういい、と言う感じだった。
残しておきたいかって言われたら、そうでもないのだった。