id:skbn は
せきららこのことを語る

食器の事をつらつらと考えているうちに、結局、物っていつかは別れなければならない物だな、と気がつきました。
もちろん、何代にもわたって引き継がれていく「物」もあるでしょう。
でも、私との付き合いは、どうやったって、私が死んだら、おしまい。

そしてその、物との間にある物語も、無理して誰かに引き継ぐべき物ではないし、
というか、引き継ぐなんて無理な話で、もし、誰かの手に私の大切な物が渡ったのだとしたら
そしてそこに、私が気づいた物との関係への共感があったとしても
そこから先は、その人と、その物との関係であるのだ、と思います。
そこに私は、私としては、いない。もしいるとしたら、そこにいるのは、その人の中の私です。

母の物だってそうで、母からもらって、今、私の手元にあるものはもう、母との関係は終わってるのだと思う。私との関係なのだ、とおもう。だから、私の自由にしたら良いんだと思う。ていうかする。
私が、もしそこに母をみるのだとしたら、それは、私の中の母であって、母自身ではない、と言う事を自覚しとこうと思う。