id:skbn は
せきららこのことを語る

しかしそもそも私が、母からもらった物を「譲り受けた」なんていってる事も問題なのであって、「受け継いだ」とか、ただ物をもらっただけなのに、どこか私の中で、受け継いでいくもの、に対する憧れと言うか、多分「良家」の象徴みたいに思っちゃってるんだろうと思う。どうなんだそれは一体。こう、育ちのいい家に対する憧れ、みたいな物があるんだろうね!私の中にね!

しかし実際のところ、これらはもっと単純に、母が私にくれた物、にすぎず、だから、そこから先は私の自由にしていいはずなのだし、もちろん、食器一枚一枚にはそれを手に入れた母にはそれなりの物語があることもあるだろうけれど、それを私が引き継ぐ必要はなく、そして、引き継ぐべきでもない。

引き継ぎたい、と思うのならば、私自身が主体的に行うべきだし、引き継ぎたいとはいっても、そこにあるのはまず物なんだから、引き継いででも欲しい物を私は持つべきなのだ。

結局、私の、俗物的な憧れ、とか、もしも捨てたときに良い物だったらどうしよう、と言うケチな心持ちが、母からもらった微妙にときめかない食器を処分させないでいる。
引き継いで母から好きでもらった食器はともかく、母が「持っていきなさいよ〜」