熱血硬派くにおくん
>主人公の名前はテクノスジャパンの社長である瀧邦夫に由来する
へー
ちなみに「新入社員とおるくん」はモデルの人物がいるのかどうかは分かりませんでした。
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今日wikipediaから得た知識のことを語る
ホリィ(新人)のことを語る
http://h.hatena.ne.jp/alf88/81808337510948631
水神様といえば、『KISSO』に海津市歴史民俗資料館の学芸員の方による「治水神・禹王崇拝の広がり」という記事がありました。
夏王朝の始祖で中国でも治水の神として祀られている禹王ですが、日本でも13世紀頃に鴨川河畔に建てられたと伝わる夏禹廟を最古として、儒学思想が浸透した近世以降、各地に禹王になぞらえた治水顕彰碑が建てられ、特に利根川水系、木曽三川流域、それに淀川水系で多く見られるそうです。
高須藩では、4代藩主の松平義敏が城下町を養老山地の麓に移す計画を立てたものの、財政難により6代義裕の時…[全文を見る]
ホリィ(新人)のことを語る
軍師官兵衛
その歳で呼び名が又兵衛っておかしいだろwwとか思ったのって僕だけですかね
さっそく松寿丸と不仲フラグ!?と思いきや仲直りしてたので、脚本の意図がよく分かりませんでした。官兵衛と光さんの優しさ演出の一環?
(又兵衛は後に長政の元を出奔して、細川忠興、福島正則、前田利長、結城秀康といった錚々たる面々から仕官の誘いがあったものの、全て長政に妨害されたので、仕方なく京都で軍学を教えて食べていたという話があります)
ちなみに「基」を通字とする播磨後藤氏は鎌倉時代に播磨の守護に任ぜられたこともある名門の一族で、室町期には守護赤松氏の重臣の地位にあって、神東郡(今の神崎郡)を本拠地としていたようです。
通説では三木合戦で別所方に付き討死した後藤将監基国の次男が又兵衛基次とされてますが、ドラマの流れはどういう設定に基づいてるんでしょうか。
ホリィ(新人)のことを語る
「あなないナスビさん」
http://localchara.jp/catalog/1978/
これかなぁ…

なんか、だいぶ雰囲気が変わってる気がするけども…

うーん
氷上のチェス=カーリングのことを語る
薩摩のチェスト=示現流
ホリィ(新人)のことを語る
では、しょうゆ→弥生、ソース→縄文ということで…。
ちなみに僕の顔はだいたい弥生っぽいですが、眉毛がちょっと縄文入ってる感じです。(どうでもいいですね)
挙動不審のことを語る
神戸のことを語る
ふぐりごとのことを語る
「お金がない」を別のことばで表現するのことを語る
コネタ空耳ならぬ空目のことを語る
○仮面ライダー鎧武
×仮面ライダー眠気
朝おはようのことを語る
ホリィ(新人)のことを語る
【教えてはてなハイク!っていう程でもない疑問】
芸能人に疎くて、昔から「しょうゆ顔」「ソース顔」のニュアンスが分からないんですが

この例で左がしょうゆ、右がソースという理解でいいんでしょうか
(まあ分からなくても特に困ってはいないんですが…)
ホリィ(新人)のことを語る
製造元から消費者までの間でコストがかかるようになったせいで違法販売が増えて、その取り締まりに更にコストをかけて…って誰得?という素朴な疑問が浮かぶのですが、どうなんでしょうね。
ちなみに明治期に入ってようやく美濃焼の生産販売が自由化されて、木曽川水運は更に盛んになったものの、明治33年の国鉄中央線開通で一気に激減していったそうです。
阿波脇町の吉野川水運や石州江津の江の川水運でも似たような話がありましたが、水運→鉄道→自動車という流通の発展とともに衰退してしまう例は多いですね。
美濃焼のように現代でも形を変えて産業が残っているのは、まだ良い方かも知れません。
ホリィ(新人)のことを語る
なるほど…確かに、当時の書状だからって書かれていることが全て事実とは限りませんものね。
そういう部分も含めて「大謀略戦」なんですね。いや、面白いです。
宇喜多直家については大門先生も割と手頃な値段の本を書かれてますし、読んでみようと思います。
三木合戦についてまとまった本は地元三木市の郷土史家、福本錦嶺氏の「別所氏と三木合戦」(多分初版は87年の別所公四百年祭の時に出されたもの)ぐらいしか読んでいないので、誤解していた部分が多いんだろうなぁと、メモを拝見して感じました。
(今ちょっと確認したら、その「別所氏と三木合戦」に別所方として吉田構主・明石修理亮と書かれてるんですが、これ明らかに間違いですね…。)
ホリィ(新人)のことを語る
ホリィ(新人)のことを語る
長島側に長良川河口堰管理所「アクアプラザながら」という施設があって、そこも軽く見学してきました。(伊勢湾台風の時の被害状況はそこの展示です)
国交省中部地方整備局木曽川下流河川事務所調査課発行の『木曽三川 歴史・文化の調査研究資料 KISSO』という冊子が置いてあったんですが、これがなかなか面白かったです。
多治見市の歴史が紹介されてたんですが、天正2年(1574)に信長から朱印状を受けた加藤景光が瀬戸から久尻村に来たそうで、その頃から各地の陶工が多治見村と周辺に移住して陶祖となったとか。
こないだNHK「歴史秘話ヒストリア」の古田織部でもやって…[全文を見る]
ホリィ(新人)のことを語る
今日の「戦え!官兵衛くん。」
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-210.html
大門先生の「備前浦上氏」きました。
浦上宗景と宇喜多直家に限らず、大門先生は浦上氏とその支配下の領主間の関係を多くが被官ではなく従属的な同盟と捉えて説明されてます。
尼子氏の侵攻に際して浦上政宗をはじめ多くの旧赤松被官の領主が尼子の配下となったのに対して、宗景は毛利氏や三村氏の力を頼って対抗し、やがて毛利氏が尼子の侵攻を撃退して大内・陶氏をも併呑し抬頭するとともに、宗景は政宗を圧倒していき、最終的には和議を結んで毛利方からも離反してます。
村宗の…[全文を見る]
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