ものぐさ太郎
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なお「尼崎市史」には、高国が捕らわれた状況について以下のように列記されています。
・大物庄の紺屋に隠れているのを、わらべに聞いて捕らえた。この時の高国は道服を着た入道姿であった(『重編応仁記』)
・尼崎町屋に忍んだのを捕らえた(『細川両家記』『二条寺主家記抜粋』)
・尼崎大覚寺町の染匠の家に隠れたのを捕らえた(『摂津志』)
・尼崎の民家の大甕に隠れたが、数人の子供に甜瓜を与えて聞き込み捕らえた(『細川系図』)
当時は川を挟んで北を大物、南を尼崎と呼んでいたそうですが、このように地名が両説あり、切腹した場所も大物にあった真宗の道場広…[全文を見る]
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昭和41年発行「尼崎市史」も参考にしつつ、細川高国の最期について。
高国は僅かな手勢に守られて大物城へ向かったものの、すでに赤松氏の手が回っていたため断念し、町屋に紛れ込みます。
そして、紺屋の大甕の中に隠れて身を潜めていましたが、追手の老将・三好一秀は智恵を働かせ、子供達にまくわうりを与えて高国を探り当てさせたと伝わっています。
享禄4年(1531)6月8日、大物崩れからわずか四日後にして高国は捕縛され、広徳寺で切腹しました。
高国は都の公卿や文化人とも親交が深く、「尼崎市史」には辞世の短冊として「細川両家記」より六葉が引用されています。…[全文を見る]
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3/31~4/7にかけて播磨国総社で20年に一度の「三ツ山大祭」が行われるとのこと。
山陽電鉄の沿線ガイドの記事によると、1533年に赤松政村の命令によって20年に一度行うことが定められたそうで…。
後でまとめますが、享禄4年(1531)6月の大物崩れからの播磨帰国後、同年10月には国秀ら浦上氏一族の蜂起により英賀を落とされて明石城に避難、その後は何とか押し返したものの、天文3年(1534)8月にも姫路朝日山で激しく戦っていて、播磨の状況はまだ安定していなかった時期のはず。
歴史的な背景についても詳しく知りたくなってきました。
県立博物館で特別企画展「姫路・城下…[全文を見る]
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