今日も現物支給をいっぱい持って帰ってきたのだった。
お金がもしあっても決断力とかなくて服とか靴みたいなものが買えない状態がずっと続いており、なおかつ引越を期にいろいろ捨てまくったあとなので本気で助かる。
とりあえず、替えがないから処分できなかったものとか処分しよう。
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架空の作家のことを語る
ジョン・ワトソン
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食べ物だけは、祖母両親とも食いしん坊で料理好きで好奇心も旺盛な人たちだったので、幅広くいろんなものを、貧乏なのに食べてた家だったと思う。祖母の得意料理、カボチャのポタージュとかだったもの。
舌平目のムニエルも鯛のあらいも、小学生のとき、自宅で食べた。父が免許もってたんで、ふぐさしもふぐなべも自宅で。
手打ちうどんや手打ちラーメンなんかもあった。全然覚えないの、薫製くらいかもしれない。あと、干物や練り物もあんまり。
マグロは、今のバイト先で、初めてうまいて思うようになった。瀬戸内海側の人間には、鯛やハマチや雑魚の方が親しみあるんじゃないかなー。
ああ、そういや鯛飯も食べたい……
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カワハギの煮つけは、魚の煮つけうまく食べらんないからやだ、という人たちには絶対向いてますよね。あんなに煮つけ向きの魚ないと思う。
今日この話を同居人にしてたら、カワハギはみりんごまの干物しか食べたことがないそうで、あれ煮つけとか刺身とか想像できないとまで言われました。魚の煮つけ苦手な人なので、一度食べさせて目を点にさせてやりたいです。
あと、親の職業柄、廃業する中学くらいまで、ほぼ毎日ハマチの刺身やアジのたたきや食べてました。なんかごめんなさい(^^;)
コネタ何かを受信のことを語る
「ドラちゃん、わたしにも、もしもボックス貸してもらえる?」
「どうぞ、しずちゃん」
バタン
「もしも……、もしもわたしが、肉食系女子だったら……!」
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まぐろの解体って、確かにサイズ自体で技術と力が必要なもんだし派手だけど、そこまでわーきゃー言って集まるものなのか? 別に血しぶきとぶわけでもなし、そういう意味でははまちやぶりのが派手な気がする
と、疑問だったのだけど、それはわたしが魚屋の娘で見慣れてるせいなのかもしれない、とこないだニュース見てて思った。
ふぐの日だからふぐ汁給食、ということで、小学校に職人さんがきてふぐをさばいて見せてたのだけど、それに対するこどもたちの反応が尋常じゃなかった(;) まさにわーきゃーで(;) 最近は切り身になる過程を実際に見ることなんてほとんどないんかしら。
うちスーパーのテナントで入ってたとき、隣の肉屋さんのバックヤードに牛の半身がぶら下がってたりして、そういうのも見てるからなー。やっぱちょっと感覚くるってんのかもしれんな。
テレビ今見てるテレビからのことを語る
さかなクンのせいで、カワハギ食べたくてたまらなくなってきた。カワハギはわたしにとっては懐かしい味。
煮つけと刺身食べたいー。
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そうそう、『のけ者』は、努力は報われるということを一切知らない母子の物語です。そういう発想がない人の想像がつかないという人は読んでみるといいと思う。
努力や労働によってしか得られない報酬もあるということを知らない絶望的状況というのがどういうものなのか、つぶさに描かれてます。
運も努力も必要です。割合は人により異なるし、報酬を何に求めるかも異なるけど。
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あのやり方、テレビでちらっとしか見てないのですが、「ときめく」とか「魔法」とかって言葉を使ってない部分、たとえば服のたたみ方みたいな実践に使える部分は参考になるとこ多いのですよ。ほとんど整理整頓能力がないわたしでも「なるほど」と思うところがあったし、同居人も目からウロコなとこあったらしい。
でもなぜか精神論みたいなものが途中で混ざってきて、そのへんがわたしには気持ち悪かったんですよね。前に書いた、ぬいぐるみの捨て方とか。
同居人と話してたのですが、
・コレクタータイプの人には向いてない
・過去は切り捨て、現在しかない
整理のしかただなあと思いました。
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もう何足めかよくわからなくなった。
靴下完成。人にあげるものなのに、なんかちと大きめになってしまった、気がする。手がゆるんだ、ていうか。色も派手だし。
なかなか満足できんな。

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【思いつきとかメモ】
社会主義的な発想、たとえば富裕になるにつれ負担も増えるというような形式に強く反対する層、「努力する気が失われる」という層は、
たぶん、負担の額に関係なく、負担するということ自体に不満があるのだろう。
もしかしたらそのそもそもの理由は、「自分の努力が正当に評価されている」という満足感を得ていない、という自分の現実の評価にあるんではないかと思う。
報酬は金額だけで考えられるものではない、とわたしは考えている。自分の努力に対する報酬への満足感が満たされてないと感じるとき、その不満があるからこそ、自分の手取りの額にこだわるんではないだろうか。
わたしの中の何かが、「社会保障のために払う額を増やせば負担する層の労働意欲が減ってしまう」という説は嘘だと感じている。
不満の元はどこにあるのか、見間違えてはいけない。
テレビ今見てるテレビからのことを語る
藤原達也がお金について語ってるの見たら、カイジしか頭に浮かばなくなってしまった。
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【どうすればどうなるか】
雪玉を転がし続けると球じゃなくなる。
どうやら今日のわたしの笑いMAXは、
ADギブ君のおゆき止め@ルツイ
になりそうだ。
リアル・聖闘士誰かが盾で拳受けてるみたいな衝撃映像だった。
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【どうすればどうなるか】
仕事に行くと、私服が増える
なんでかわからないけど、どこに行っても、おさがりが来るのだった。超助かるけど。
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あーそーか明日、東京マラソンだっけ。
うーんバイトどういう感じになるんだろ、予想がつかない……
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【読了】
『のけ者』
もう最初から装丁イラストがあれなので、あそこにどうやって持ってくかだけが問題の小説。いろんな作家さんを絶望感においやったとのことで、うんまあそうだろう。
わたしは、ただただ、うちの母と上の弟が二人だけで暮らしてたらこうなるんだろうなあはあああ、と思いながら読んでた。まあうちの場合は母が働くだろうからもうちょっとは延びるだろうけれど。
ニコラは職体験があれ一度だけど、そうじゃなくてもああなるんだよね。だんだん日数が減りながら、職体験の種類と回数だけ増えてって、でも最後はたぶん同じ。
仕事につくということは、その方向への道筋ができたと同時に、他の道筋は断たれる(ように見える)ということ。自分の可能性をいつまでも最大限のままに持ち続けようとすると、年齢と経験の関係という、無限の可能性の最大の敵が現れるんだよね。
最後まで自分で何かを選ぶ、諦めるということができなかった人間の話。
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『第9地区』はいちおう映画館に見に行った映画。途中で妙にB級感満載になるところが評価わかれるとこかしら。
同居人が「人間なんでも慣れるもんだよねえ、28年あれが頭上にあるまま暮らしてんだよ。そりゃ原発と一緒にも暮らすよなあ」と。
あれ南アフリカ舞台だからあのままなんであって、アメリカだったら立ち入り区域制限とかあっという間に作られそうな気がする。
ナイジェリア人への差別もあれで知ったので、あれ以来ナイジェリアの話になると、あの市民インタビューのシーンを思い出すようになった。
ああじゃなくて『エイリアン・ネイション』みたいだったらいいのにね。いつもセットで思い出しちゃうよ。
どうすればどうなるかのことを語る
引っ越しすれば荷物が減る
どうすればどうなるかのことを語る
風邪をひけば桶屋がもうかる
どうすればどうなるかのことを語る
祖父母が亡くなると、盆正月に親類が集まらなくなる。
