【思いつきとかメモ】
社会主義的な発想、たとえば富裕になるにつれ負担も増えるというような形式に強く反対する層、「努力する気が失われる」という層は、
たぶん、負担の額に関係なく、負担するということ自体に不満があるのだろう。
もしかしたらそのそもそもの理由は、「自分の努力が正当に評価されている」という満足感を得ていない、という自分の現実の評価にあるんではないかと思う。
報酬は金額だけで考えられるものではない、とわたしは考えている。自分の努力に対する報酬への満足感が満たされてないと感じるとき、その不満があるからこそ、自分の手取りの額にこだわるんではないだろうか。
わたしの中の何かが、「社会保障のために払う額を増やせば負担する層の労働意欲が減ってしまう」という説は嘘だと感じている。
不満の元はどこにあるのか、見間違えてはいけない。
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