こっそり
ていうか、この世界を、かなああ?
べつに革命とかそういう大袈裟なことじゃなくて、
いや、ひとを、うん、認識の上ではきっと、ひとを、なんだろうけど
じぶんの場合、その「ひと」を今わたしが知らなくてもイイし、また、知ることもできない、ていう気持ちがあるから
なんか、世界、のほうが合ってる
なのでいつも、待ってろ世界! とおもってるwww
/florentine(磯崎愛)
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こっそり
ていうか、この世界を、かなああ?
べつに革命とかそういう大袈裟なことじゃなくて、
いや、ひとを、うん、認識の上ではきっと、ひとを、なんだろうけど
じぶんの場合、その「ひと」を今わたしが知らなくてもイイし、また、知ることもできない、ていう気持ちがあるから
なんか、世界、のほうが合ってる
なのでいつも、待ってろ世界! とおもってるwww
あまりにも調子が悪く、というか体力の底は一昨日だったようだけど精神的な落ち込みは今日がそうかも、というような感じなのですが、なにが最低でも最高でも小説は書きなさい、わたし
でなければ資料読みなさい
「中世思想」についてヒントを頂いて、なるほど、目が覚めた。大事なところを掴み損ねてた。てことでやはり、今回は無理、ということでいいのかもしれない。ルネサンスと中世について、ていうのはやはり、もっと意識的に考えていったほうがいい。ゆっくりやるよ、しょうがない。
ルネサンスをさらに深く理解するためには逆に、中世をヤルていうのはわたしという人間の理にかなってる(近代やるっていうのもあるけどさw
遠回りでも、だいたいそのほうが実は近道なのだじぶんの場合いつも
どうしてものめりこみタイプなのでソレ以外をする、という道筋をつけないとならないんだよなあ
ていうか、そうか
文フリ撤退、ていうひともいるのよね
わたし、わたし、わたしもどうしようかなあああああ(え?w
「他者におのれの眠りを託すことは、それだけでふしだらなことかもしれない。眠っているところを、空腹なところを、夢見ているところを、手を差し伸べるところを、口を開けるところを互いに見せ合うことは奇妙な貢物だ。不可解な貢物だ。」
きにゃーるぼっとさん
文フリ新刊本ネタが白紙に戻りつつあるw ヤバイ気がする でも、ネットにも原文(はラテン語だからあっても読めないけどw)や訳文が落ちてなくて、なのに翻訳出るかもしれない可能性のあるものについてデッチアゲるのは、アタマ悪いわたしには出来ない・・・
いっそ、キニャールの『ローマのテラス』みたいに書けたらいいのになあ(あ、上記はたぶん、チガウ小説)
ローラン・ビネのあれ読んじゃった後に、テケトーな歴史物かく気にならんよなあ、いや、荒唐無稽とかはイイんだよ、そうじゃなくて
撤退すべきか、むー
よわった
サンドニの修道士ギョームの「シュジェール伝」、もしかすると翻訳されるかも、になってる
てことは待て
待て、シンポジウム本でも情報ないからでっちあげちゃえって思ったけど翻訳されるなら、待て、だ
そして、なのに、どこにも落ちてないwww(ラテン語じゃなくて英語かフランス語なら死ぬ気でやるかと思ったけど、ナイっす><
うーん・・・どうしよう
どうしよう、かなあああああああ
翻訳でるなら、出た後に書きたいなあ
この数日身体中痛くて往生してるのだけど、これで底は過ぎた、かなあ
図書館行って一番大事な資料はゲットしたので、ていうか、マイナーな話じゃないように書くべきなのか
わからん
そもそも、12世紀自体マイナーだってことはハスキンズを読むまでもなく明らかだ
まあでも、かんがえる
ていうか、わたしの手もとにとても分厚い『中世思想原典集成 サン・ヴィクトル学派』があるのですが、小説ならこれくらいすぐ読めるけど、中世思想、うおーーーーーー>< みたいな感じですw
読めなくとも挫けないwww
いつか、12世紀やるための手付金、みたいなものだとおもって捲るよ、うん
うーみゃーーーー???
ひとりごと
わたし京都でおきものデートなら、東女らしくドヤ顔で、絹織物で唯一の「重要無形文化財」きていくよw
ざっはとるて美味しいけど
じぶんてきには、オレンジピールチョコだろう、という気がする
いや、オレンジとチョコを合わせた人間には褒美をつかわす、ていう気持ちにいつもなるのだw
うえののふうげつどうはあれですよ
でめるじゃぱん、なんですよ
しってるひともいるかもですが
ちなみに、でめるじゃぱんのえらいひとのはなしによると
おーすとりあのでめるにはあらぶのえらいおうさまとかがやってくるそうです
澁澤龍彦という一代がいるだけで二代目以下はいる必要がないし恥ずかしいという意味で澁澤さんは不世出の人であり、平然と書いたデタラメ、「思想的な浅薄」も含めて完璧なテクスチャーそのものみたいな人だった。
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或る意味「マンネリ」と言ってよいほど「同じこと」しか書かない人だったがそれが尚何かを潜めているようなのは、澁澤という人の「存在への感性の起伏」が巧妙に隠された、意外に複雑に錯綜し未整理で粗粗しい触覚から出来ていたからに違いない。これこぞが「マニエリズム」の秘密であるだろう。
Array
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おおむね同意
真面目な(フランス文)学者さんたちにはたいてい評判悪いのだけど(わたしのTLでは)
一般人と、こういうひとたちにはなんのかんのと受けがいい、ていうのが澁澤マジック
ひとりごと
澁澤のはじめのころの小説、正直あんまりぴんとこないんだよなあ
翻案もの、ていう噂もきいたことある、かも知らん、ていう気がする
ただ、後半になるにつけ凄くなるんだよね
なんどもいうけど、三島はそのはじめから三島という作家だったけど
澁澤はチガウよなあ、て
ここでいいか、うん
ろーらん・びね読了
その「手法自体」には驚かなかった、作品と、それを描ききった作者には最大限の敬意を払うのだけど
ていうことを、「負け惜しみ」にもならないレベルにいるのに、それでも書いておきたい
わたしが、おどろかなかった「背景」は『夢のように、おりてくるもの』の伴走メモにあらわれているはずだし
その小説内にもあるだろうことが、わたしにはわかる
ただし、それが読者に通じているのか、ていうのは疑問だ けっきょく下手くそだからやっていることがツタワラナイ、ていうのはあるだろう、残念なことに
自分自身でも、その精度が見分けられていない、ていうのはある
けっきょく、いま苦しくて悩んでいるのはそのへんなんだろうな
ひとりごと
病院に行きたくありません
そして図書館にもつまりいけてません
こんなにちゅかれきってるのはなんでだろうなああああ・・・
しかし、これ、いつまで続くのだ?
いや、まあ、いいや
えーと
ここにはるのが正解なのでw
クリストフ・ダヴィッド講演会「ギュンター・アンダース――世界の終わりと人間の終わり」
Date:
2013年11月1日(金) 18:00-20:00
Place:
東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3
国際ワークショップ
講演者:クリストフ・ダヴィッド(レンヌ大学准教授)
題目:「ギュンター・アンダース――世界の終わりと人間の終わり」
ディスカッサント:
佐藤嘉幸(筑波大学)・田口卓臣(宇都宮大学)・渡名喜庸哲(東洋大学)
日時:2013年11月1日(金) 18:00-…[全文を見る]
うーみゃーー
ひとりごと
いするぎーとアントニオはマジでらぶらぶカップルでいいとおもう
わたしの個人的な「BL読み」、というのではなくて
あれだけ徹底して細部にこだわる書き方をする、博覧強記を絵にかいたようなかたが時系列をおって、ああいうシーンや単語や人物を出してくる「意味」というのをわたしは読み間違っていないと思うから
(いわゆる「できあがっている」かどうか、ていうのは保留にしますけど
あのまま作品が続けば或いは、ていうところでとどまっているがために余計、何があろうとも絶対に乱暴には読みたくない)
(ああ、なんか、いま、わたしが長年いだいていいた「二次創作」という語に対する違和感の正体、というのが腑に落ちたような気がするような、ような??)
(ピンチョンばりの、2000枚の長編がある、ていうあのツイートを大事にだいじに胸に抱えてたなあ・・・)
ところで
足が痛くて帰りに図書館に行けない、という困った問題もあるし
じぶんがいささか迷走してるのは承知しているのだった
澁澤のあれがこころに響く、ということはやはり
何かに挑戦してみるというのは悪いことではないけれど
スタイルは固持しろ、であってるのかもしれないな
無茶はしてもいいけれど無理はするな、てやつだ
ただ、まわりの状況がじぶんに望んでいるであろうこと、というのが気になる
チャンスだという意識も当然ある
とはいえ
わたし、やっぱり機を見るに敏、とかいうひとじゃないのよねw
さて、どうするかな
上弦の月下弦にする熱をかかえて辷りこみ転がしあう
闇を抱くは説明しすぎか(でもサーヴィスのつもり!)ていうのもある
動きが確かに和菓子つくりだwww
美味しいねりきり等をお待ちしております☆
ていうかうささん!
なんですかそのご活躍っぷりは、まったくもってすみにおけませんこと!
多忙というか、たんに原稿が出来ないだけですw
うい、かしこまりました
うささんの素敵なおきものすがたを餌にがんばります
ていうかいま、
なんか「卍」を思い出した!
エロいはなしが大好きなのにちっともエロいひとになれない愛でした~www
(小説がエロければでもべつに困らない!!! と、マジレス)