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ホリィ(新人)のことを語る
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常光寺の特別展示では、常光寺が所蔵する禁制や書状類が展示されていました。
八尾の戦いで長宗我部盛親率いる大坂方の軍勢と交戦した藤堂軍が首実検を行ったといわれる床板が「血天井」として有名ですが、400年も経ってるしよく分かりませんでした。
常光寺は幕府の外交僧として有名な以心崇伝が、同じく河内の真観寺とともに住持を兼職したという南禅寺派の寺院で、そのような関係から藤堂家と徳川家を繋ぐ役割も担っていたようです。
藤堂高虎と八尾の戦いで戦死した重臣六人の位牌もあり、藤堂家による法要が定期的に行われています。(なお藤堂家と大坂の陣戦死者達の…[全文を見る]

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一見なんてことない排水路のようですが…


こういう物が残ってるところを見ると、昔は小舟が通れるくらい幅が広かったのかなぁと。

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今直面している問題
日曜に手首から肘にかけて日に焼けて真っ赤になってたのが、ただれたようになってきてヒリヒリと痛むようになりました。
これまでうん十年生きてきて、真夏の炎天下に帽子も被らず袖なしシャツ&短パン&サンダルでぶらぶらして平気だったし、もちろん日焼け止めなんて一度も塗ったことなかったのに。
どうも昨年あたりから自分の肌が思いがけない反応をするようになってて、これまで通り考えなしに行動できなくなってきてつらい。運動能力は低くても特別なメンテナンス不要なのが自分の一番の取り柄だと思ってたので。
身体が衰えたからか、環境が変わったからか、両方なのか、原因はよく分かりませんが…。

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歴史民俗資料館を見てから、お昼頃に二度目の常光寺へ。


僕の中では八尾の戦いで藤堂家が籠った寺として有名でしたが、一般的には河内音頭の発祥地として有名らしいです。

近所の永寿堂さんにて購入したわらび餅を、境内でむさぼり食べました。
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八尾空港あたりをぶらついた後は、久宝寺方面へ顕証寺とその寺内町をぶらつきに。
久宝寺といえば昔操車場があって、小学生の頃ポケットカメラ持って興奮しながらEF15電気機関車(茶色いやつ)を撮ってたのを思い出します。いつの間にか再開発されて影も形もなくなってましたが…。

こんな感じで江戸時代は環濠に囲まれた町だったんですが、その名残の水路やら碁盤状の道路が今も残っています。


顕証寺は蓮如上人が建立して、後に子の蓮淳が住持した寺で、いわば河内の本願寺布教の一大拠点となった場所です。
到着したのはちょうど7時、時鐘が鳴り響いてました。そんで朝…[全文を見る]

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八尾空港はタイミング悪く閉門してました。早すぎた。


八尾空港といえばオスプレイで話題になりましたが、そもそも前身が京阪神地区の防衛拠点を担った陸軍八尾大正飛行場という話です。
そんな経緯で今も陸自の中部方面航空隊が駐屯してます。(地下鉄谷町線の終点が八尾南なのもそのためということに、今回気付きました)
この時も早朝からヘリがホバリングしてました。

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この辺の写真は、八尾空港の北側あたりにある木ノ本にて。


車では通るのが難しそうな道幅で、ところどころ袋小路になってたりして、自転車でぶらつくのが面白かったです。
この辺に限らず八尾は平野川の灌漑用水路らしい小川やら疎水が網の目のように張り巡らされていて、江戸時代には柏原船という大坂と河内を結ぶ水運が盛んだったそうです。
ところどころ大きな屋敷があったりするのも、その名残でしょうか。

積み下ろし場の跡。

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朝は4時過ぎから自転車でぶらぶら…

八尾は聖徳太子ゆかりの史跡が多いですが、物部氏の本拠地でもあるので、いうたら侵略者なわけですよ。

ここも多分そうで、布都大神を祀ってます。

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常光寺の「大坂夏の陣 甦る八尾の戦い」のイベント告知看板

門前の佇まいもグッと来ましたが…

なんかゆるい感じの戦いが

高虎…?

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肘から先の表側だけ真っ赤になって帰宅しました。顔は眼鏡焼け…いやー暑かった。

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チャリで八尾行きました。っていうか今もいます。
ぶらぶら雨宿りしながら行ったら常光寺着くの遅くなって閉館してたんで、藤堂家七十一士のお墓だけお参りしてきました。
お寺の方?が今からでも見ますかって声かけてくださったんですが、でもたぶん落ち着いて見られなくなりそうなので、また明日来ますということで。
ついでに歴史民俗資料館の場所もチェックしてきました。地図のスケール感を誤って生駒山麓まで行ってしまいましたが…。

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Markdownモードで書いてるんですが、色々と試したところ、コードブロックを行頭タブで記述してるとfotolife記法が効かなくなるっぽい?
でも過去にも行頭タブ使ってたはずだし、何か他に条件があるのかも。
ともあれ行頭タブやめて「```」に変えたところ、表示されました。

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はてなブログで突然fotolife記法が効かなくなったんですが、寝ぼけてなんか設定を変えてしまったんだろうか。困った。
テスト

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宗三左文字の話、Webで検索した程度だと根拠が分からず悩んでいます。Wikipediaにも独立したページがあるものの出典なし…。
信虎が娘の今川義元への輿入れに際して持たせたという話が多数ありますが、「戦国阿波おもしろ百話」という本には江口の戦いで討ち死にするまでは政長が持っていて、これを当時大坂にいた信虎が手に入れたという話があるようです。
Wikipedia「三好政長」には、出典元が色々挙げられているものの、内容はただ「元々は政長(宗三)の所有物だった」とあるのみ。
というか、出典元の一つとしている『戦国三好一族』の該当ページ読んでも、榎並城と江口…[全文を見る]

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土曜はこれがメインでした。(僕の中では)

霊山にはお墓参りに何度か来たことはあるんですが、歴史館に入ったのは実は初めてでした。(「八重の桜」の時に行っとけよって感じですが…)
幕末物にはまってたのはもう20年以上前のことなんで、今の研究、少なくとも霊山歴史館の見解では龍馬を斬ったのが、小太刀の名手で見廻組肝煎の桂早之助だったという話とかへえーって感じでした。
館内撮影禁止なので写真ありませんが、龍馬を斬った小太刀と伝えられる現物を展示していて、桂早之助の証言を元にした再現ジオラマとそれを使ったビデオ映像も上映されてました。
僕が幕末…[全文を見る]

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ピンチに現れた八幡神さま。「この剣やるから、あいつらぶっ殺したったらええよ」(意訳)

第三形態!髪の色も変わって、すっかり鬼になりました。

神剣を手にして睨み合い…
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接待攻勢…

しながら、時々早変わりで観客に本性を見せてくれます。これが面白かった。

第一形態に変身!
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