お話しするにはログインしてください。

|

Tips:強調記法:**強調**の様にアスタリスクで二重に囲った文字は強調される。
id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

濱田浩一郎氏の『播磨赤松一族』は2009年に新人物往来社から発売された本ですが、赤松氏だけでなく室町時代のまとめ本として非常に良い内容でした。
しかもこういう作刀一覧とか、浦上則宗や赤松義村が詠んだ歌の一覧とか、興味次第で更に調査の取っ掛かりになるような情報も載ってますし。
今一番欲しいのは天野忠幸先生の三好長慶本ですが、こっちもいずれは入手したい…。

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

展示の文書には官兵衛の名乗りの変遷を示す史料もありました。

永禄10年(1567)12月23日「小寺祐隆下地売券」…官兵衛の初出史料で、称名寺(正明寺)に一反の土地を売ったことを示す内容。「小寺官兵へ尉 祐隆」
永禄13年(1570)3月12日「小寺孝隆借銭請取状」…借用としていた上記の土地の代金が納入されたことに対する請取状。「小官 考隆」

「小寺祐隆」→「小寺孝隆」と改名したことが分かる史料ですが、二十歳そこそこから小寺姓を許されていることが分かります。
「祐」は赤松氏ゆかりの通字ですが、小寺氏が擁立していた赤松惣領家の義祐からの偏諱だとすると、改名の…[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

今日は図書館で濱田浩一郎氏の『播磨赤松一族』をボヘーと読んでたんですが、『姫路市史』に挙げられているという赤松政則の作刀一覧に気になる情報を見つけました。

(1) 文明14年6月14日 薬師寺彦四郎橘則隆
(2) 文明14年6月20日 喜多野孫右衛門藤原則綱
(3) 文明14年7月14日 薬師寺四郎左衛門尉橘貴能
(4) 文明14年8月1日 東条小太郎藤原友盛
(5) 文明14年12月27日 刑部少輔則途
(6) 長享3年8月16日 織田大和守藤原敏定
(7) 長享3年8月17日 魚住又四郎実安
(8) 延徳元年11月6日 神山駿河入道周賢
(9) 延徳元年11月15日 小倉小四郎源則純
(10) 延徳元年12月11日 広峯九郎…[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る
id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

特別展では大門先生の『黒田官兵衛 作られた軍師像』でも多く使われていた「芥田家文書」の史料が展示されていて、実物を目にできたのが感動でした。

天文11年7月30日「黒田宗卜・山脇職吉連署奉書」…官兵衛の祖父重隆の初出史料
永禄元年12月28日「黒田職隆算用状」…官兵衛の父職隆の初出史料で、芥田五郎右衛門尉(家久)に宛てて出されたもの
永禄12年8月22日「小寺政職感状」…青山面の合戦の戦功を賞し、芥田五郎右衛門尉(家久)、芥田善五郎(宗貞)父子それぞれに宛てて出されたもの

芥田五郎右衛門は播磨鋳物師を統括し、後にはあの方広寺の鐘を鋳造したという人…[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

ちょうど桐野作人氏のブログに「知られざる幻の縁組話」として、長政養子の松寿と島津義弘の孫娘の縁組の話が出てました。
http://dangodazo.blog83.fc2.com/blog-entry-1335.html

南日本新聞連載「さつま人国誌」
http://373news.com/_bunka/jikokushi/kiji.php?storyid=6127

島津軍の大垣駐留時に長政からの密書が送られていたこと、関ヶ原での決戦前からすでに縁談の話が進められていたとのこと。
結局島津は西軍について敗れたため義弘の方から中断を申し出て、長政の方も別家との縁組が持ち上がったため破談になったそうです。
松寿も13歳で夭逝して結局は何もなく……[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

ハンバーガー美味しそうです ・ρ・)

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

先週末の最大アクセス、ついに2000を超えてしまいました。

上月合戦の第二幕開始、しかも官兵衛が上月城へ救援に乗り込む展開というわけで、「上月城」「上月城の戦い」での来訪が増えてます。

Yahoo 80%
キーワード…上月城の戦い 26%、上月城 15%、黒田官兵衛 上月城の戦い 4%、黒田官兵衛 上月城 2%
アクセス先…上月城の戦い第一幕・秀吉の播磨侵攻 69%、大河ドラマ『軍師官兵衛』以前の播磨の戦国時代あらすじ(ほぼ赤松氏の話) 15%、上月城の戦い第二幕・尼子再興戦の終焉 5%

Google 8%
キーワード…上月城 36%、赤松氏 15%、上月城 10%、上月城の戦い 10%、播磨戦…[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

喫茶ブラジルの玄関口

「ブラジル」は姫路にたくさん店舗があるらしい。
「明日香」もそうだけど、姫路には(というか播州全般?)しっかり食事できる喫茶店が多い気がします。
それに対して神戸は、洋菓子店、珈琲店、洋食店といい店は多いけど、細分化が進んでて幅広くやってるような店は少ない感じ。
少なくとも喫茶&軽食する店と、食事する店は使い分けられてるような。

このマドレーヌ買った洋菓子店「大陸」の喫茶店も以前一度行って気に入ったんですが、閉店が早いのです…。

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る
id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

講演聞いて、展示見て、ちょろっと姫路城を散策して、大河ドラマ館に到着。

今回使った「ひめじの官兵衛1dayパス」、ここの入場券が付いてるのが売りだったんですが…

官兵衛くんの信楽焼を見て癒やされておきました

福岡に独り占めはさせない!!
[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

もちろん講演だけじゃなくて、展示も見てきました。
(中は撮影禁止なので詳しい感想は後ほど図録でも眺めながら…)


図録は2000円とまずまずの値段ですが、充実した内容を考えるとむしろ安いくらいです。
展示にもあった多数の直筆書状を写真で掲載、釈文に解説も付いて素晴らしい。超おすすめ

自分用おみやげに買ったマグネット。simeon josuiって書いてあります。分かります?

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

講演で説明されていた、山里曲輪にある秀吉時代の野面積みの石垣。


上下二段に積むことで高さを補っているそうです。
木の伐採には賛否両論あるそうですが、今回は石垣へのダメージを軽減するためにやったとのこと。

姫山にはかつて称明寺という寺院が建っていて、築城の際に昔の墓石などが石垣に転用されたとか。
こちらの五輪塔は、修築工事の際に出てきた仏石を集めて供養したものだそうです。
[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

軍師官兵衛
前回分の録画と続けて見ましたが、色々とツッコミどころはあるにせよ、結構面白くなってきてます。
播磨の勢力関係を極めて単純化した中、別所賀相&櫛橋左京進が煽動してこの有り様、みたいな筋書きはなかなか燃える展開ですね。
特に兵法の長講釈で秀吉の不興を買ったという伝承は以前からあるものですが、それを意図的にやって秀吉を怒らせたというのが面白かったです。
その分、別所長治がただ引きずられただけという、悲しい役回りになってしまいましたが…最後の最後でいいところを見せて自刃、かな。
別所賀相は切腹を拒んで暴れるという話があるんですが、その辺をどうするのかがちょっと楽しみです。

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

この後、県立歴史博物館にて、城郭史を専門とされる学芸課長さんの講演を拝聴

官兵衛の妹が嫁いでいるという一柳市助(直末)、秀吉の姫路城の縄張りにけちをつけて改築したらしくて、それが「市助曲輪」と呼ばれたという逸話が興味深かったです。今はその場所は明らかでないそうですが。
あと、黒田長政の正室は蜂須賀正勝の娘なんですが、当初は子が生まれなかったようで、一柳直末の息子を養子にとっており、これに松寿丸と名乗らせています。
つまり黒田家の後継者だったわけで、官兵衛と一柳直末との関係はかなり重要だったのでは、とのこと。(直末は子が生まれて間…[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る


入口右側の赤い柱

これです

黒田書店の主人も「今年は俺の年だ」と勇んだとか…?
[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

手柄駅で電車を待つには微妙な時間&距離だったので、そのまま徒歩で姫路まで。
14時から県立歴史博物館で講演だったんですが、すでに12時過ぎてました。やばい。

手柄山城天守閣
* ゚・*:.。.:*・゜+ d(*´∀`)b うそです +.:*・゜゚・*:. *

姫路到着、御幸通商店街にはこんな派手なお店ができてました。
中には官兵衛にちなんだ商品が色々並んでました。赤合子形兜風の夫婦茶碗とかいい感じでした。(予算不足で断念しましたが…)

オリジナルっぽい官兵衛&二十四騎のキャラクター。
[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

亀山本徳寺の次はそのまま歩いて栗山町へ。

栗山公園にて。この2人見覚えがありますよ…なぜ姫路にも?

手柄山南丘の麓の村を栗山村といい、後に黒田家筆頭家老となった栗山善助=四郎右衛門=備後守利安は栗山村の生まれだと。
飾磨街道に栗山村の町場ができて江戸時代に栗山村と分かれ、大正時代には栗山村が手柄と称した…ということは、今の栗山町で生まれたというわけではない?
まあ、それでも栗山には違いないということで…?

「がんばれ!」
[全文を見る]

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

確かに、すでに顕如は本願寺の大坂退去の誓紙を提出していた時期のようですね。
であれば、やはり主戦派と和平派の対立が各地に波及していたと考えるべきでしょうね。
秀吉の英賀攻略当時、英賀御堂本徳寺の住職を代行していたのが顕如妹の顕妙尼というのも示唆的です。
亀山本徳寺の資料でもはっきりと書いてませんが、秀吉の寝返り工作に言及してますし、開城後の秀吉からの寺領寄進や亀山への移転についても一連の取引の結果と伺える内容に感じました。
(その後東西分裂で東派となった経緯はよく分かりませんが…)

英賀の開城と城下町移転が大坂のモデルケースになったといった話も興味深いですね。
信長の長島への対処との違いについても、色々と考えるべき点がありそうです。

id:k-holy
ホリィ(新人)のことを語る

英賀の話になったので、先に英賀いっときます。

姫路を出たのがもう18時過ぎだったので、あまり回れなかったんですが…


秀吉による落城後、繁栄を誇った英賀の寺内町はすっかり衰微してしまったため、町並みも川の流れも当時の面影は全くないようでした。(っていうか、そもそも暗くて見えない…)
[全文を見る]