あと、東京蚤の市、いろんなブログを読んだりしてるんですけど、人の写真、これちゃんと許可とってるのかな、というのは少し気になります。というのも、イベントの特性上、カメラを持参していた人が結構いてね。
で、何にも言わずにシャッターを切ってる人、たくさんいて。
(場合によっては、こっちがお店の人と話して買い物してるところを、カメラだけ前に出して撮影してくる人とかもいたよ)
見ながら、正直ちょっと怖いなあ、と思いました。固いこと言うなよ、と言われるかもしれませんが、それって写真撮るときのマナーとしてどうなの、と思ったし、インターネットが…[全文を見る]
渋谷や原宿の新しくできた商業スポットはちっとも楽しめなくなったけど、東京蚤の市は楽しめた、それは商業主義的じゃなくて、心があるから……みたいなブログを読んで、読まなきゃ良かった、と哀しくなってしまった。何とも言えない気持ち。
まず、あれがよかった、と褒めるのに、どうしてわざわざ固有名詞を引き合いに出して何かを貶めるのかなあ。
それに、商業主義的(プランディング、デザイン、プロデュースがしっかりしている)お店があったとしてそれがつまらなく感じる、と言うのは多分に自分の感受性の問題じゃないのかな。
そこに込められた何かを新鮮に感じな…[全文を見る]

これの2分20秒前後のCMに
「21世紀から運んで参りました」つってフィルムが大写しになるのよね。
……その21世紀ではフィルムは使われなくなってきてて、感慨深いね。
大学生が二人、たこ焼きやの前でたこ焼きを食べるかどうかの相談をしていた。
男子A「どうする?」
男子B「うーん」
男子A「俺、奢ってもいいけど」
地味系・文化系・なんなら若干オタ系の男子学生二人。これが、思った以上にツボでした……。
誤解しないでほしいのだけど、これはBL的見方をして萌える、とかそう言うことではない。
そうではなくて、「奢ってもいいけど」っていうのが、よかったの。可愛かった。
なんというのか、仲良くしようとして、下手に出ちゃう、と言う感じも、人間って、と思ってよかったし、なんだか可愛かったのよ。こういうの、多分、4月とか5月によく見られます。
http://www.nhk.or.jp/kurashi/doraku/mon/index.html
青木さんのこれ、見なくちゃ、と思ってはいたんだけど、鶴太郎だったら嫌だな、と思ってスクロールしたら(前回鶴太郎がゲストだった)思った以上にゲストが豪華だった。な、なかやまみほですか……
一緒に見てた夫が、「基本はあれ、紙人形芝居だから」って言ってたの。平面の物を、奥行きを出して置いて、舞台を作る、見たいな。
だから、絵本はあうと思うよ。原理としては、飛び出す絵本だよね。スクリーンを枠にして作ればいいんだし。
昔さ、スクエアエニックスが、総CGで映画作ってオオコケしたんだけども、感覚としてはああいうのと似てると思った。
CGでここまでできるというのは凄いけど、所詮どこまでもCGで、普通に人間肯んじた方がリアルだって言う事を、どうです、リアルでしょう?ってCGでやる必要性あるのか、みたいな。
ああ、本物みたいなあ、と言う気にはさせられたなあ。
これ、本物見たら、どれくらい感動するだろうか、と。凄いなあ、と思ったし。そう言う映画だったねw
id:poolame それで、あめこはどうやったんw
あ、でも、水しぶきとか、紐やリボンがぐるぐるぐるーーっと向かってくるような感じ、は3Dでもよかったのかもしれない。画面に高低感があるときは、割と見られるんだよね。
ただ、いずれにせよ、3Dじゃなくていい、と言う感じよ。
http://h.hatena.ne.jp/skbn/299853687077171653
いつもなら、3Dとそうじゃないのがあったら、まず3Dは選ばないんだけど、今回は選択肢がなかった。
想像通り、ダメでした。そりゃそうだよ。だって、所詮スクリーンに映し出される画像は平面なんですから。
人間の、眼と脳なめんな、ってかんじ。
大体、3Dで耐えられるカメラワーク、距離、というのがピンポイントすぎるんですよ。
動きの美しさが見たいのに、速い動きになると動きはぶれてしまうし、
基本的にピントが合っている部分は立体的に、それ以外の部分の平面的にみえるんだけど
その差異が却って映像を作り物臭…[全文を見る]
去年、節電の折りに、ツイッターなんかでよく
「もっと暗くすれば電力は抑えられる(から、原発に頼らなくていい)」的な文脈で
「夜の街が明るすぎる!」みたいな呟きを見たの。「街」は、その時々によって、「駅」や「店」に変わった。
大抵は、そんなに便利じゃなくていいのだから、から始まる文明disの末端にあるような言葉だった。
私は、あの震災のとき、停電で全く明かりのない道を歩いて帰ってこなくちゃ行けなくて、だから、そのときはとてもそんな風には思えなかったけれど、それでも、確かに、「便利」は当たり前じゃなくなっていくんだな、と思ったし、夜道は…[全文を見る]
「いじめをやめさせる為の全校集会」的な物ってさあ
「私」にとって、意味がないように思える、ものであっても、その中の誰かにとって、意味があるかもしれなくて、
つまり、意味があると感じる、そう言う人に向けたもの、じゃないのかなあ……
というか、大多数に投げかける、というものは全部そう。
自分は意味がないと思う=いらない、という話でもないし、そう言う事ではない。
もちろん、どうせやるなら、より多くの人に、効果的に届ける方法をとるべきだろうし、その方法に付いて考えたら「意味がない」と思う事はあるのかもしれないんだけど、ただ、何をもってして目…[全文を見る]
結局薬局、ファーストデイはシルクドゥソレイユに使う事にした。
なんかー3Dで、他のより高いし。別にいいのになー。3D……でも3Dしかやってないの。
意外に、見たら、3Dすっげーーってなるかなー。100円だし眼鏡付きにしたわ・・・・・・
念願だった散髪にいった。苦節5年。漸く、元通りの短さになった。
なんせ物心ついてから(小学校5年生で、「あんたは髪が短い方が似合う」という母の苦言に屈して髪を切ってから)ずーっとショートカットだったのだ。正確には、伸ばしたのも親の眼を盗んで、だったから長かったのは正味2年くらいで、だから私的には元通り、だ。
ていうかあれ?物心つくの、遅くね?
大人になって初めて長くしたので「天辺お団子にしてみたーい☆ミ」「巻き髪するんだほしみ」とか、やりたい事はたくさんあった。
実際挑戦もした。しかし、髪型とは難しい物よ。スタイリングの技は、中学生…[全文を見る]
酒井順子さんが、エッセイストとして評価されて、量産するようになってからは追いつけなくて読んではいないのだけど(負け犬も)
彼女が、オリーブで連載した後、直後に出した本いくつか、位は読んでる。
「丸の内の空腹」と「お年頃」は高校入試の時に試験会場でずーっと読んでいて、なんとなく思い出深い本です。
そーいえばわたし、げーのーじんに似てるって言われた事ない!
唯一、小学生の頃、バレーボール選手の佐藤伊知子に似てるって言われて、自分でも似てるわぁと思ったし、当時図工で自画像かけって言われて描いたらもの凄く佐藤伊知子が描けた、というエピソードを持っている、位。

でも、いちこさんの写真を見ながら、そういえばいちこさんはオアシズの大久保さんにも似てるな、と思ったので大久保さんにも似ているのかもしれない……。
ちがう!!私が望んでるのはそういうことじゃなーーーい!
昔、昔々、ライティングのWSで課題にエヴァ破が出たときに、私は、「制作者が大人になった」と書いた。
登場人物が大人になった、のではなく、制作者が大人になったのだ、と。
テレビシリーズが、思春期の主人公に厨二病を引きずったままの思春期の大人(だからよけいにたちがわるい)が寄り添った物語だったとしたら、劇場版・破は、大人の作り手が思春期の主人公に寄り添っている、と。
その時の講師が、「その通りだと思う」と言ってくれた上で、「でもまだわかんないと思ってる。この後、あんのさんはもう一回なんかしてくるんじゃないか」的なことを言っていて、Qの感…[全文を見る]
そうですねw生遙をみていないのでスピードは実際には解りませんけれど、スピードを感じるスケーティングだな、と思います。
それが見ていて気持ちがいいな、と。
雰囲気は「お師匠様(三蔵法師@夏目雅子)」なんだけども、滑り出すと孫悟空って感じがいいです。みていてワクワクするんですよね。孫悟空っぽいですw
あのね。唐突だけど、私が、遥の魅力について、最近考えてたことを言うわね。
遥のスケーティングってさ。「銀のロマンティック…わはは」の由良と影浦さんみたいな滑りだと思うわけ。
彼らは、最初に出た競技会で
「こ、これはすごい。一生懸命を絵に描いたようなスケーティング!」(実際描いてある)
「大健闘の初出場ペアに客席からも大きな拍手」
「ミスもなかったし、一生懸命滑る姿がいじらしかったです」
って評される訳ね。
他にも
「実に切れ味がいいスケーティングです」
「スピード感がある」
とか、中国のペアには
「孫悟空みたいで面白い」と言われる訳ですよ。
遥を見るたびに、私は、この二人の事を思い出します。
そして彼らの最後。銀のきらきらをみて胸がすくような、そういう感じを思います。
つまり、遥かわいいよね、ということです。おわり。