渋谷や原宿の新しくできた商業スポットはちっとも楽しめなくなったけど、東京蚤の市は楽しめた、それは商業主義的じゃなくて、心があるから……みたいなブログを読んで、読まなきゃ良かった、と哀しくなってしまった。何とも言えない気持ち。
まず、あれがよかった、と褒めるのに、どうしてわざわざ固有名詞を引き合いに出して何かを貶めるのかなあ。
それに、商業主義的(プランディング、デザイン、プロデュースがしっかりしている)お店があったとしてそれがつまらなく感じる、と言うのは多分に自分の感受性の問題じゃないのかな。
そこに込められた何かを新鮮に感じなくなった、にしろ、飽きてしまったにしろ、自分自身の問題でしょう?
別に、私最近、そういうのをつまらないと感じてて、っていわれるのは、ああそうなのね、と思えるんだけども、そこから、「物が好きでおしゃれな人は、そういう商業主義的なお店や場所に飽きてきてる」とするのは、ちょっと飛躍しすぎじゃない?
いや、きっとその人の周囲のおしゃれな人たち、がそうだから、そうだ、と言いたいんだと思うし、そこに異論はないんだけども「そう感じなければおしゃれじゃない」かのような書き方は、変だな、と思って。
なにより、自分が属しているカテゴリーや、自分がよいと思うものの価値を上げるために、ネガティブキャンペーンやっちゃうのは、よっぽどうまくやらないと。
「宣伝目的」でもない、ノープランでそういうの見せられるのは、やっぱりあまりいい気分ではない。
