うちは実家が寿司やだったのでとくに、料理はあそこまでやらなきゃなのか!
みたいな
父(職人)からの要求もハイレベルだったので、料理苦手意識半端ないです、未だに
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くたびれ はてこのことを語る
くたびれ はてこのことを語る
少し前にDVDを見ながら体操をしていたのですが、無理なことばかり要求されるので
「これじゃ一人拷問だよ!」
と半べそをかいていたら、
「『どうせ言ってもその通りにやらないだろうから、少しキツメに言っておこう』って思って言ってんだよ。
みんな真に受けてやってないんだよ。その辺考えて加減して聴いておけばいいんだよ」
ともちおに言われました。
お料理とか家事に対する姿勢もそういうところありますね。
「そこまでやる必要ないけど、ちょっとオーバーに言っておけば努力するだろう」
みたいな。
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現在の私は皮剥かない、米研がないという料理研究家の言葉に救われて生きてきました
それまではホント、水が透明になるまで研いでたよ
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お米も、初めて研いだときに母が「お水が澄んでくるまで研ぎなさい」と言ったものだから、さあ大変。
23歳くらいまで長年「これでいいのか」「もっと研ぐべきなのか」と思い悩んでいた。
ある日電話中に苦悶しながら米を研いでいたら、電話相手の友だちが
「お米は三回水を替えればいいんだよ、栄養が流れて行っちゃうんだよ」
と言った。この人の実家は農家だった。そうか、農家の人が言うなら間違いない!
その後旅館の厨房にいた米研ぎ名人や、webの飯炊き名人、
土鍋批評家の言葉を総合していまの研ぎ方炊き方にたどり着いた。
手探りで家事をやっているときって、「~しちゃだめ」「~しなきゃだめ」がとても重荷になるのよね。
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ずっとジャガイモ料理が苦手だった。
なぜかというと、子どもの頃読んだドイツの絵本に
「向こうが透けて見えるほど薄く薄く皮を剥きました」
という一文があって、そのくらい薄く剥かなければいけないと思っていたからなのだった。
加えて数年前に読んだクロワッサンの高齢者凄腕家事主婦ムックに
「私は皮むきは一切使いません、食べられるところも剥いてしまいますから」
「人参の頭のまわりを薄く、向こうが透けるほどに皮を剥きます」
という一文があって、一時期やばかった。
でもまあ仕方ないわよね~、贅沢させていただくわ~と思って最近はピーラーで剥く。
だって疲れちゃうんですもの。疲れると嫌になっちゃうんですもの。
いつか余裕が出来たらゆっくり楽しんで剥こうと思う。
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あと、お料理をするのは女性の異性に対する愛情表現の一つだと思っている人もいる。
エロゲやアニメに顕著に現れているけれど、昭和のテレビでは常識だ。
だから「はてこは女らしくない」と思っている人たちはわたしが料理をするとはにわかに信じ難いようだった。
一人暮らしをしていたころは「料理は何を作るの? ニヤニヤ」とよく聞かれた。
何ってあなた。いろいろ作るわよ。何気ない毎日のおかずを。
いまお料理すると「やっぱり主婦は」って言われるけれど、作ってたわよ、独身のときも。
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だけどお料理をしないのはお料理が嫌いだから、家族への愛情が希薄だからと思っている人は割合多い。
心底寝たきりだったころのこと。体調や日々の暮らしをあれこれ聞かれ、
「ご主人ははてちゃんを愛してくれているんでしょ、それがわからんのね?」
とよその奥さんに説教されたことがあった。
「それはよくわかっています」
「それでなし朝御飯を作れんのね?」
いや、だからいま小一時間話しただろう。
台所は火も油も刃物も使うし壊れ物もたくさんあって、
八甲田山精神で調理場に立つと危ないのよ、ほんとに。
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手料理のこと。
はてこママンは料理好きで、おかんの手料理は美味しかった。だからわたしは手料理がすき。
素材も素性が知れて安心だし、好みに合うようにカスタマイズされているとうれしいから。
でもよそさまで「え! どうしよう、飲み込めるかな」と思うお料理をいただいたこともあるし、
もちおが愛情と斬新な創作意欲を込めて作った料理にクレームをつけたこともある。
妹は未だわたしが十代のころに作った奇妙な料理について苦々しく語る。
舌の問題もあるし、やっぱり得手不得手はあると思う。
心を込めて作った美味しい料理があるのは本当だけど、
まずい料理に心がこもってないということはないし、
美味しい料理が作れないのは心がこもってないからではないよね。
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たぶん「料理は完成度より気持ちがだいじだよね、うんうん。ということで荒は大目に見ーようっと。テヘ☆」っていうことだと思う。
らんまのアカネちゃん的な。
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今は携帯があるから、メールで逐一どこにいるか連絡できて夢のようです。
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時間通りに行動するのがとても難しいわたしがふだん利用する待ち合わせ場所
・本屋
・相手の家か自分の家
・デパートの休憩所やホテルのロビー
お金を使わず、疲れず退屈せず待てるところがいいよね。
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こんなわたしだけれど、オフ会のたびに
「たいへんたいへん、明日はがんばるぞ」
と思ってわたわたしている。
実際それはそれはがんばっている。そして遅刻する。
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>誠実じゃない
一度Haikuで一方的に話しかけられただけの地下猫がさんざはてこを不誠実呼ばわりしてたのを思い出した。
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Francesco3さんが「料理を美味しく美しく作るのは誠意と思いやり。それが出来ないヤツはクズ」とか言ったら一週間ぐらい凹むし、わたしが「絵なんて誰にでも描ける。描けないんじゃなくて描かないんでしょ」とか言ったらまず嫌われると思うんだけど、なぜか時間通りに行動するとか逆上がりをするとか朝起きるというのはやれば誰でも出来ると思われてますね。
二言目には人をクズ呼ばわりする人ってよくいるけど、その程度でクズならまともな人間はどこに? って思う。
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定刻通りに電車が出て、お店や役所や病院が開いてくれてありがたい。
そういうのは時間通りに行動するみなさんによって支えられているのだと思う。
日本はインドにノウキという言葉を伝えたそうだけれど、日本人はこの点で優れた能力がある人が多い国民だと思う。
はてこは時間通りに行動するみなさんを応援したい。
でもダンスの苦手な黒人や自転車に乗れない中国人のことも少し考えていただきたい。
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もちろん定型発達者だって時間を守ったり、部屋を片付けたり、人の気持を推し量ったりするのが難しいことはある。
だからユニバーサルデザイン的な解決策を模索するのは社会全体のためになる。
「発達障がい者や病人は面倒な問題に取り組むことを免除されているけど、
定型発達者なら何も問題ないんだからそれこそ死ぬ気でやらなきゃ駄目だ」
ということではない。そんな風に考えていたらそれこそ不公平な感じがして頭に来るだろう。
誰もが面倒な問題に取り組みながら生きていかなきゃならないし、
誰も毎回死ぬ気で取り組む必要があるわけじゃない。
人によって方法が違うけれど、どうにか楽にやるにはどうしたらいいだろうね、ということ。
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今でも調子が悪いと生ごみに触れなくて、排水口の掃除が出来ないことがある。
それは誰もが思う「生ごみは気持ち悪いから触りたくない」というレベルを超えた嫌悪感だ。
そういうときはとっとと見切りをつけてもちおに掃除してもらう。そんなところで死ぬ気を出すことはない。
いつか調子がいい時は別の誰かの手助けをして循環させていけばいい。
「発達障がいだから~が苦手だ」に対して「病気のせいにする」という言い方もおかしいと思う。
左利きだから右手用の片手鍋が上手く使えないと言う人にそんなことを言う人はいない。
左利き用の鍋はないか、右手用の鍋の上手い…[全文を見る]
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こないだ皿を洗えなくてシンクに皿が山盛りというシーンがコメディドラマにあった。
「紙皿使えばいいのに。本当に洗えないなら病院行ったほうがいい」
とつぶやいたら、一緒に見ていた人が
「紙皿はもったいない。それに何でも病気のせいにするのはよくない」
と言った。
洗えない皿を見て悩んでうなされるより、気に入った紙皿を使って楽しく食事をすればいいと思う。
その方が衛生的だし、精神的にもいい。それはもったいなくない使い方だ。
わたしは二十代のはじめ頃、何ヶ月もお皿が洗えなくて病院に行っていたことがある。
お皿だけじゃなく、一時が万事その調子でとても困っていた。
お皿が洗えないようなときって、他のことも上手くいっていないことは多いんじゃないかと思う。
そこで助けを求めるのは「病気のせいにする」、病気だから出来なくて仕方がないと問題を放棄することとは違う。
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部屋の額が曲がっていることに気づいて直したくなる人がいる。
曲がっていることに気づかない人がいる。
「部屋に絵を飾るのは絵を見て楽しむためでしょう?
額を気にしていたら楽しめないじゃない。だから私は額は気にしないようにしているの」
となんて言うと、とても成熟しているように聞こえる。
けど、後者の人がいう場合、その人は額が曲がっていることを気にしないんじゃない。
気づかないんだから気にならないんだ。
「時間を守るのは相手に対する最低限の誠意でしょう?
だから自分は約束の5分前には待ち合わせ場所に行くようにしているの」
とか言ってる人のうち何割かは、そんなこと毎回考えずともまずまず時間通りに行動出来ている。
もちろん死ぬ気でやらなくても出来る。
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わたしは7時に家を出なければならない場合、6時に起きた時より、6時50分に起きた時のほうがさっさと家が出られる。
悩む時間が少なくて色んなことが決断しやすいから。食事も化粧も諦めるし、服も上から下まで昨日の服で出る。
でも7時を過ぎて起きてしまうととたんに虚脱する。もうダメだっていう気持ちになる。
そこを何とかハイハイと自分を励まして行動する。
/くたびれ はてこ