そのとき私は都内にいました。帰れなくなり、知り合って間もない友人と二人、彼女のご同僚のお家に泊めていただいた。一緒に過ごせて、ほんとうにありがたかったです。
恐ろしい津波の映像に度重なる余震と原発事故。不安で頭がおかしくなりそうで、その後、西日本の親戚宅にしばらく滞在させてもらいました。
被害がなくてもあれだけ怖かったのだから、東北の方々にとってはどれほどのご苦難だったことでしょう。
被災された方のご安寧と、亡くなった方のご冥福を祈ります。
災害時、少しでも安心のある世の中にしたい。平時から人間性を大切にする選択をしてきたいです。個人としてはもちろん、社会としても。そんなふうに思います。
昔、童話の中で描写が多かった気がするのは「おばあさんが天候が悪いと気圧が下がって身体のあちこちが痛いと愚痴をいう」的なこと。
当時はふーんと思っていたがまだおばあさんの世代ではないと思うのだが、曇天で気圧がぐんぐん下がる今日のような日は身体のあちこちがこわばって痛い。動きが悪くて悲しい😔
眼鏡屋から、預けてた眼鏡の塗り替え終わったって連絡来たから週末は眼鏡屋いきますよっと。
ついでにデッドストックで手に入れたフレームにレンズをいれるか、新しいフレームごと作るか、したいね。
あの頃は新宿区に住んでたので、輪番停電の対象にもならなくて、電気が常に使える環境でしたね。
地震当時はビルの揺れが酷くて倒れるんじゃないかと思ったけどそういうこともなく、ただ帰宅するのが大変だっただけでした。
大江戸線が動いたので、帰宅もできた。
ほんとに15年も経ったの……?
ログインしました。私は牛乳パックの id:pictures126 です。みんなも一緒に言っとこう。
先生
当時のブログを読み返すと 不謹慎ながら、非日常の出来事に直面してまるでお祭り騒ぎのよう
早口でテンションが高く、楽しそうなくらいで(だけど、突然泣き出したり)、躁状態のような印象を受ける
地震の当日から子ども連れてしばらく実家に戻っていたと思う
当時から配偶者は、出張・多忙で、家に帰らないことが多かったため
自分の体験なんて 大した事ないんだろうな、と思い、年々話すのが恥ずかしくなってくる
15年前の今日は精神科の通院帰りのバスの中だった
息子の育児のこと、配偶者とのこと、止められない飲酒で悩んでいた
あの時つらかったのは個人的なことなのか震災があったからなのか、分けて思い出せない
ただただ「しんどかった」「しにたい消えたい」という気分だけがあり、記憶があいまい
揺れるたび、計画停電になるたびに泣いていたから そばにいた息子のほうが怖かったに違いない
メモを取っても、メモの時点で、私の視点・創造したことが混ざりこんでしまう
「行間を読むな」「聞いたこと、書いていることだけを読め、ありのまま! 文字通りに!」と100回でも1000回でも唱えなくてはいけない なおしたい
私の悪いクセとして 頭の中で人の話や説明文に 解釈や補完をしてしまって
言われてもないことを想像→捏造して事実のように思い込んでしまうことがある
特に聞いた用件を、また別の人に伝えたあとで「そんなこと、どこにも書いてない(言ってない)んだけど!」という
大変なトラブルになることが何度もあった
話をしっかりきくためのコツとして挙げられていた
「相手が話し終わった、と確認できるまで2秒待つ」というのを心がけて行きたいと思う
会話にかぶせてドンドン発言してしまいがちだから
滑らかに会話がはずんで途切れさせないようにする(沈黙を恐れる)より
「この人は自分の話をしっかり聴いていたんだな、受けて止めてくれたな」と思ってもらうことが
信頼というか安心できる関係作りには大事なのだろうと思う
グッモロン!
FUKUSHIMAはこちらでも事あるごとに語られている。
地震の怖さは身体に染み付く。
天災は避けられないが避けられるだろう戦災はやめて欲しい。
よい1日を。
311当日、四男が中耳炎で耳鼻科へ連れて行って帰ってきたらニュースは震災一色だったのを思い出す。
地震による津波でリアルタイム映像を見たのはこれが初めてだったけど、初めて地震による津波を認識したのはやはり北海道南西沖地震。奥尻島の惨状は忘れられない。
機甲戦記ドラグナー第41話「復活!ギガノスの蒼き鷹」は3月14日(土)20時から配信開始!

さあ、大詰めです。確定申告!
個人事業主のみなさんがんばりましょうー!
そういえば、年始ぐらいに新しく迎えた子
数年外で母猫と暮らしてたんだけど、母猫が無くなったので家猫になってもらった。
長女さんそっくりなんだよね

水曜日
快晴
おはようございます。
東日本大震災から15年。
