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意味不明な事を言うスレのことを語る

やはり佐村氏に河内守受領の事実はなかったのか

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○ゴーストライター
×ゴールドライタン

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大門先生の『黒田官兵衛 作られた軍師像』では近江伊香郡黒田村説と播磨多可郡黒田庄説の双方を一次史料から検討されています。
大門先生は『黒田家譜』全体に誇張の多い記述や、『江源武鑑』からの影響を問題視されてはいますが、播磨説の根拠とされる「荘厳寺本 黒田家略系図」についても、記載されている人物の実在が一次史料からは明らかでないこと、職隆が永禄元年に記名している算用状の端裏書に「黒田殿」と記されていることから、元々黒田家の人間で政職から小寺姓を賜ったことは確実としてます。
だったら天正12年「小寺宗圓」はなんでーって感じですが

とりあえず、この「黒田家前史研究 要点十五箇条」を論破できるかどうか考えながら再読してみようと思います。

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朝おはようのことを語る

おはようおはよう

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黒田家前史研究 要点十五箇条
http://www.geocities.jp/kurodazensi/200.html

「播磨黒田氏研究会」の内容、まだざっとかいつまんで読んだだけですが、播磨の史料を検討した結果、播磨出自説としてよく使われる荘厳寺本「黒田家略系図」に記された系譜が正当なものであるという話のようです。
つまり、官兵衛は「祖父」とされる黒田重隆の実子であり、「父」とされる小寺職隆の婿として猶子になったというわけです。

これ、一つ思い当たることがあって、姫路の播磨国総社(射楯兵主神社)に残された禁制に、「天正十二年八月吉日 小寺宗圓(花押) 水野與八郎(花押) 鯰…[全文を見る]

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天気お天気実況中継のことを語る

と思ったら今めっちゃ晴れてる。六甲山は丸見えだ。どうなってんの

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こういう時は時間をかけて長文記事上げるよりも、軽めの記事を定期的にジャブのごとく繰り出す方が良さそうな気がするので、過去の史跡写真から適当にクロカンにこじつけられないかと(笑)
近江佐々木源氏と沙沙貴神社と個人的に注目の佐々木一族みたいな感じで、沙沙貴神社の佐々木氏系図も紹介しつつ『江源武鑑』との関係から黒田家に繋げようと思案中です。

こんなサイトも見つけた。播磨黒田氏研究会だって。
http://www.geocities.jp/kurodazensi/index.html

貝原益軒の筑前産黒田家前史
http://www.geocities.jp/kurodazensi/330.html
すげ…もうここ読めばいいんじゃねって感じ…。

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初の3桁越え、追い風が吹いている感

Yahoo検索61%、「戦え!官兵衛くん。」からが8%、Google検索5%、ハイクは1%まで下がってきた
検索キーワードは相変わらず。

興味深いのは「戦え!官兵衛くん。」のリンクからの訪問者のうち46%がスマートフォン用ページから来ていること。
今時ブログはスマートフォンで読む人の方が主流ってことかな…

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雪が降ってます。驚きの白さで六甲山が見えない

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個人的に信頼しているブランドのことを語る

吉川弘文館

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     \おはようおはよう/

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寺社巡り同好会のことを語る

香川県国分寺町にあります、盆栽神社
樹木の男神「久久能智神」と草の女神「草野姫神」を祀っているそうです。



…[全文を見る]

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コネタ何かを受信のことを語る

万歳突撃(ハピネスチャージ)プリキュア!

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こんな豆まきは嫌だのことを語る

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更に大河ドラマ効果がきてました。土日だけ妙に伸びてる…。

やはりYahoo検索からがトップで63%。Google検索が6%、ハイクが3%。
でも検索キーワードは「小寺政職」「播磨」「戦国時代」「勢力図」あたりなので、「なんだ、図なんかないじゃん…」って直帰されてそうな気も。

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小寺則職と小寺豊職について、Wikipediaのノートに参考になる情報があったのでメモ
http://ja.wikipedia.org/wiki/ノート:小寺則職

  • また、小寺則職が小寺豊職の改名後の名前であるという仮説についても『蔭凉軒日録』においては明応2年(1493年)の項に「小寺加賀守」が度々「小寺勘解由左衛門尉祐職」と共にそれぞれ別人として登場致しますし、明応5年(1496年)に赤松政則が亡くなった際には、その後継を一門の道祖松丸(赤松義村)とする時の5人の家老の中にも「小寺加賀守則職」が署名を遺しております(播磨国書写山縁起)ので延徳3年(1491年)に亡くなったという…[全文を見る]

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石の上の石のことを語る

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それはツインテールではないのことを語る

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軍師官兵衛
浦上氏や織田方としての別所氏の存在も知らされず、ただの一地方の小競り合いみたいに描かれてることとか、そういう史実とのズレを頭からすっ飛ばして観たら、合戦シーンは相変わらず泥臭い感じで迫力あって、なかなか良かったです。
夜襲で損害を受けてからの逆襲というところは、史実かどうかはともかく編纂物に描かれた通りのようです。

あと、第1回からいい味出してた「石川」(誰?)が、何となくぶへーの仇になっちゃって、アッサリ死んだのも、なんかいかにも大河ドラマの創作悪役っぽくて面白かった。
死んだぶへーの代わりにたへーが出てきたけど、たへーの方が明らかに強そう!
でも二十四将とか言っても、どーせ父ちゃんの側室の子供とかは出てこないんだろうなー