オバマさんの広島スピーチ、素敵だなあ。
昔から思うんだけれども、なぜ日本人のスピーチって、
根源的な問いや、人間的な想像を避けるのだろうか?
もっとも、そうじゃないのもあると思うけれど、
言語の違いがなせる技なんだろうか?それとも、
我々が目先主義な思考や状況に陥っているだけなのだろうか。
ぼくも広島原爆資料館へ行ってみたいと思わせるような
感動的なスピーチでした。アメリカは嫌いな部分も沢山あるけれど、
やっぱりすごい国だなあとか思いました。
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ひとりごとのことを語る
夜おやすみのことを語る
どうでもいいんだけれども、伊勢志摩サミットで
各国首脳たちはお金をかけまくって一体何を話し合ってるんだろうな。
「世界経済は危機に直面してるという認識で一致した」
とか別に伊勢志摩まで来て話し合うことじゃないだろう。
普通に暮らしてて、先進国の衰亡は顕著であり、
我々は価値観やライフスタイルの転換を余儀なくされている。
20世紀後半は一部の国だけが豊かになった特異な時代で、
21世紀初頭は一部の人だけが豊かになった特異な時代だった。
で終わる話なのかもしれないけれども、「自己批判しろよ」
というぼくのヤジは「お前こそ自己批判しろよ」
というブーメランになって返ってくるので、もう寝てしまおう。
「政治に期待しない」。これがぼくの政治信条である。
おやすみなさい。
ひとりごとのことを語る
細々とした雑用が終わって、再び翻訳作業に取りかかる。
訳しながら、何となく英文翻訳のコツみたいなのが分かった。
ポイントは日本語の語彙の豊かさと懐の深さなのかもしれない。
英語を忠実に訳すと、修飾語と補語の意味が被るのだ。
あまりよい例えではないけれど「ストイックな仏教のモンク」を
「禁欲的な仏教僧」と訳すのは、正解だけれどもクドいのだ。
そもそも仏教僧という言葉が外国語っぽいし、
日本語では禁欲的でない僧は生臭坊主とか坊さんとか呼ぶのだ。
そんなわけでこの3つの英単語は修行僧という日本語一つで
置き換え可能である。と、まあどうでもいい…[全文を見る]
夜おやすみのことを語る
「人生を半分諦めて、一年生きてみる」。
というような言葉にさっきネットを見て廻っていたら、出会ったのですが、今のぼくにはとてもしっくりくる言葉でした。安定、安心、恋愛、結婚、彼女、未来という言葉が、今ぼくの人生にはない。
でも、今日、健康、仕事という言葉はある。おそらく欲張るから、ぼくは幸福を感じられないのかも知れないと思う。
明日も早い。やることが一杯。じっと堪えて一日に一歩ずつ進みたい。おやすみハイカーさん!
ひとりごとのことを語る
「プラチナハイカーが気持ち悪い」なんてお題があったんですね。
てっきりプラチナハイカーさんには色々問題があるみたいなのが並んでるんだろうなと想像して開いたんですが、ユーモアと愛が溢れたエントリーが並んでいて「いいなあ」と思った。
ここでいう「いいなあ」とは北野武監督の『HANA-BI』でタクシーをパトカーに改造して銀行強盗へ出かける元刑事を見送るガッツ石松的な心境なんだけれども、プラチナハイカーさんって自意識過剰の苦しみを超えた境地にいる人が多い気がする。
ぼくも一応シングルハーフなプラチナハイカーなんですが、まだまだ修行が足りない。これから1年間毎日投稿してもダブルプラチナさんにはなれないとか思うと、いかに凄いかが分かる。
朝おはようのことを語る
ざっす!最近朝起きて、疲れのあまり、
出社時間までぼーっとしてることが多かったのですが、
近くの神社まで散歩してお参りをすることにした。
神主さんって毎朝めっちゃ早くから箒で掃除してるんだなあ。
掃き清められた空間に行くと、目が一気に醒めて、体がしゃんとする。
朝5時50分起床、散歩、神社詣りとぼくはお祖父ちゃんみたいだ。
でも、そんなのどうでもいい。色々越えなきゃいけない難題が、
今日も目白押しなのだ。確実に歩を進めるのだ、オレ。
自分(id:happysweet55)のことを語る
ベッドサイドの本とかよく言うけれど、15年くらい布団を敷いて寝てるぼくはなんて言えばいいんだろうな。ちなみに布団は、英語でもfutonです。枕元の本が正解なんだろうなあ。。。
夜おやすみのことを語る
最近寝る前に随分前に買った岩波文庫の『きけ わだつみのこえ』を読んでいます。世の中の大方の人がイメージしているものとこの本の内容は結構違ってて、ぼくがまず感じたのは学徒兵たちの聡明さです。悲しい、苦しい、暗いよりも、凛々しさや生命力や静けさを端々から感じました。老若男女、反戦好戦の方問わずオススメです。とつらつら書きつつ、今日は寝ます。おやすみなさい。
自分(id:happysweet55)のことを語る
翻訳を依頼されて、結構自信を持って訳した文章を、人に見せたら「翻訳くさい」と酷評されて凹んだ。ぼくは明解な文章を書くのが下手だ。
以前にも似たようなことがあって、ぼくの訳した契約書では判子は押せないという上司のために、弁護士の方に訳して貰った文章を読んで愕然としたことがある。
ぼくの訳した契約文と弁護士の訳したものとでは、意味は同じだけれど、表現の的確さがまるで違っていたのだった。翻訳には、たぶん英語の読解力以上に、日本語の語彙力や言葉の選択のセンスが要求されるのだ。
最近自分の文章は本当に下手だなあとよく思う。いかに上手く書くか…[全文を見る]
自分(id:happysweet55)のことを語る
心のコップが一杯になってる。色んなことが起こり過ぎる。
それに対して、ぼくは自分の無責任さ、無能力さを痛感する。
何もできないのだ。こんな時にはどうすればいいのだろうか?
すこし横になって眠るのだ。そうだ眠れば、また頑張れる。
夜おやすみのことを語る
会社にいてもロクなことがないので定時で帰ってきた。
1000くらい愚痴が溜まっているんだけれども、
冷静になって、もう前を向こう、先を見ようと思う。
今日はもう寝よう!お休みなさい。パタり(倒れ込む音)。
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ハイクを見ていると、どんな1日であっても、面白いことや些細な楽しみを見つけられるもんなんだなあと思う。
最近のぼくはずっと地面を見つめ、腕を組んで過ごしてる気がするなあ。
頭の中では毎日発見や閃きがあるし、ピアニストのようにそれを美しく奏でることができるんだけれども、指揮者が考える曲とぼくが作りだす曲とが違うので、大体凹んで暮らしてます。
それでも今日は3本曲を書けた。1本は鼻歌を歌うように、さらさらっと作ってしまった。聴かせられないのが残念だけれども、わりにいい曲だ。ぼくは架空のピアノをとても上手に弾ける。
なんやかんやでぼくの1日にも幸せな瞬間はあるのだ。冷静にピアノに向かおう。ってことでおやすみなさい。明日は今日よりきっといい日だ。
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帰ってきたら、テレビを見て、和む人になってしまった。
マツコの知らない世界。世の中には、毎日三食パンしか
食べないOLさんとか色々な人がいるもんなんだなー。
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もう少し頑張ったら、今日は岩盤浴へ行く。
岩盤浴のよさは、体全体を長時間かけて、温めるということで、
1時間ぐらい頑張ってると、熱で体の中の色んなものが落ちる気がします。
擬似的風邪療法というか汗をかくことは、すごくいいことなんだろうね。
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今週末もうひと踏ん張りで仕事で得るべき知識に一区切りがつく。
前を見るな、足元だけ、今日だけ、今だけ見ろな毎日。
絶対死なない。希望も抱かない。ただ生き延びて進むだけ。
去年、一昨年、仰いで見てた断崖絶壁の隙間を進むような日々。
ずっと登攀状態だから疲れる。でも進まないことには先が見えない。
この岩場を越えたら空や草原は待っているんだろうか?
とにかく手足を動かし、今に集中するしかない。進むのだ俺。
自分(id:happysweet55)のことを語る
国際マクロ経済までは勉強してないので、A国とB国がそれぞれが富を大きくした時に、A国にどんな影響があるかがよく分からない。。
というか富を大きくすることが、国民の幸福に直結するのか?アベノミクスは企業の内部留保大きくしたり資本家層だけ裕福にしただけじゃないか?
というか、重税感がハンパないのは、むしろ庶民じゃ?とか分からないことが経済学は多すぎる。マクロ経済の数式だけ見てると、うん、こうすると皆んな幸せになるんだよなとか分かった気になるんだけれども。。。
また今度暇がある時、経済学を勉強し直してみよう。
自分(id:happysweet55)のことを語る
安倍首相の記者会見を見ながら、世界経済って行き詰まりまくってるんだなあとぼんやり思う。経済というか、政府の財政出動というのは市場にそのまま任せるよりも国民の富を大きくできる。
というようなことをなまじ勉強して来たんですが、行政が入ると不効率になるし、アメリカ・EUでも民間は疲れてるし、大変だなあとか思う。
解決する方法は?とか考えるんですが、ぼくも含めて積極的に海外へ出て、日本のものを必要なところへ売るしかない。そう考えると国境が低くなってるって、いい時代になったじゃんとか思うんですが、まあ逆もあるんだろうな。
という感じで、国内消費されるものはもっと差別化が必要で、海外需要があるものは皆んなで海外へ売りまくろうよという時代がもうそこまで来てるんだな。というか、今がまさにそんな時代なのか。
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ふとしたきっかけで、シェークスピアのソネットについて調べていたんだけど、彼の奥さんの名前がアン・ハサウェイであることをはじめて知って驚いた。ぼくはこれでも英文科卒業だ(胸を張る)。
さらにシェイクスピアのソネットが同性愛と不倫愛に塗れたものだとは知らなかった。人間というのは昔から実にロクでもない生き物で、全く変わってないんだなとすごく思う。
その一方で、シェイクスピアの詩というのは、分からないなりに聞いていて美しいなと思う。子供ができたら、ぼくはシェイクスピアのオーディオブックを聴きながら、大工仕事をするお父さんになりたい。
「我々は夢と同じ物で作られており、我々の儚い命は眠りと共に終わる」。
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郊外のホームセンターへ行って、地震棒を買ってきた。正確には突っ張り棒というらしい。どうでもいいんですが、去年くらいからホームセンターへ行くと、何だかぼくはすごくホッとする。巨大なショッピングモールやお洒落なカフよりも、ぼくはホームセンターが好きだ。何を買うわけでもないんだけれども、世の中大体のものは自分で作ろうと思えば作れるよなという安心感を覚えるのだ。
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刺身醤油に山葵は溶かさない派の人を見ると、スパゲティをパスタと呼び、スプーンの上でくるくる回して食べてる人たちくらい愚かしく思っていたんですが、文化や時代の違いかもしれない。そんなのは今どきフォークの背中にライスをのせて食べるくらい変なマナーだとか思わなくはないんですが、山葵に関しては「山葵が必要ないくらい鮮魚の冷凍技術が進歩した」から溶かす/溶かさない派の対立が顕著になったんだよなとか思う。昔のお寿司には結構沢山の山葵が入ってて、サビ抜きで鮮魚を食べるのは危険だったのだ。で、溶かさない派とは、比較的新しいルールでは?とか思うんだけれども、どうだろう?(盛り皿から取る時は別としてね)
