なんかラジオ講座の時間だけ起きてて、あとは延々と寝てたよ。へんな夢見ながら。
熱中症なりかけ!?という不快さで、やっと夢が途切れてくれたので、ふらふら起きてエアコンつけたのが夕方。
ここんところ、エアコン入った場所にばっかいたから耐性落ちたかも。
この数日でめっきり老けたような気がする。

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なんかラジオ講座の時間だけ起きてて、あとは延々と寝てたよ。へんな夢見ながら。
熱中症なりかけ!?という不快さで、やっと夢が途切れてくれたので、ふらふら起きてエアコンつけたのが夕方。
ここんところ、エアコン入った場所にばっかいたから耐性落ちたかも。
この数日でめっきり老けたような気がする。
今朝水やりしようと見てみて、枝豆とヤツガシラの育ち具合にびびる。
ズッキーニはまた今年もカメムシがよってきてるな……
ミニトマトは、矮性のものだから、このくらいの出来なら上等じゃなかろうか。やばいのはカモミール。全滅しそう。
ミニバラは、かなり強引な切り戻しをしてしまったが、まあ価値はあったかな。
ミニトマトの刺し芽からできた苗に花が咲いてくれればありがたかったのだけど、やっぱりこの気候じゃムリかなあ。
Buongiorno.
(おはよう)
昨夜ぶじ帰宅し、日常が始まりました。つっても、oggi è la vacansa. Sto a casa tutto il giorno. Sono molto stanca.(今日は休みです。一日中家にいます。とても疲れてます)
まあでも母は宗教人なので。心のよりどころとしてそれがあるから、あの人がこれでガックリとかいうのはないことは、わたしにもはっきりわかるので。
今回みたいな冠婚葬祭の時に、儀式的な面で揉めることは起こりうるけど、一方で、そういう面で心配ないのはほっとする。
というわたしの確信も理解されがたいかもしれない。
これで帰るまで表情作らなくていいのかと思うとほっとする。
帰宅したら同居人やトメといられる。
早くおうちに帰りたい。
頭が重い。
さてもうすぐ帰りますよ。
正直かなり心配なとこはあるんだけど、まあみんな前よりは中身を話すようになっだけましなんかも。
母はまだ頭まったく働いてない感じで起きてる間はそわそわ動いてるのがかなり怖いんだけどさ。思い切らないと。
贅沢だけど夕方ここを出発してまた新幹線使うつもり。
疲れたよ。
とりあえず明日、きぬかわ茄子買って関東に帰る予定。何時に何で帰るかは未定。
夏休み入ってるけど平日だし、たぶんいきなりでも切符取れると思うんだけど無謀かねえ?
そんでおもしろいのは、週末を挟んだせいか、役所のほうがわたしらのスピードについてけてなくて、今日は住民課的な書類は、まだ役所内の登録が終わってなくて取れなかったのでした。
どこでも「お亡くなりになった日付は……21日(動揺)……は、7月の、ですか?」的な反応されたわ。
……父はいろいろ変わった人ではあったが、今回の流れもむちゃくちゃ。
木曜朝、母を連れ義足で自分で車運転して定期的通院
↓
帰宅後、昼すぎから不調を訴え始める
↓
金曜朝から意識朦朧とし始め、母が義妹に判断を仰ぎ、結果、救急車搬送。
↓
点滴で少し落ち着く。少し意識回復、心配し電話をくれた伯母とも会話をしている。銀行通帳や実印などを入れ持ち歩いていた袋が自分の手元にあることを確認。習慣だったお昼時の料理番組チェックもしっかりやっている。うつらうつらするたび薬を飲むしぐさをしながら目覚める。薬を飲む夢を繰り返し見ていたらしい。
↓
小康状態と言われた母は帰宅するつもりであったが、気が変わって残ることにする
↓
逝去、土曜日3時58分
さて今日、月曜日。
弟夫婦中心に母とわたしが何してたかというと、銀行関連と保険関連と役所関連の手続きで車で走り回ったり電話かけまくったりしてたのでした。
貧乏人は暇なしよ。
きぬかわ茄子のひやしおろしそば
と
おでん
Voglio tornare oggi, ma ne è imposseble. Perche mia madre è molto stanca. Anche io sono.
(今日帰りたかったのですが無理です。母がとても疲れているので。わたしもそうです。)
弟夫婦がごく近くに住んでいるので、母についてはそこに頼るしかないです。母はまだしばらくはここに住む予定なので、少しずつ生まれて初めての一人暮らしに慣れてもらわないと。
本人は父に対する後悔は何もなくって、ただ告別式そのものではなく、その過程にあるようで。
朝から母は電話しまくり。
つうか、信じない人は信じないようなむちゃくちゃさだとわたしも思う。
うちの墓はなぜいろいろ不思議なことになってるのかと昨日義妹に質問され出てきたのがこういう話なのだった。
義妹は目を白黒させていた。
父は、二男七女の次男。A家の一人娘だった祖母が婿養子をもらい一女出産。後、婿養子が病死。娘を連れてB家(うち)に嫁ぐ。その後男子二人が生まれたので、次男(父)をいずれA家の養子とする心づもりでいた。実際父は少年時代にA家の葬式(祖母の父の)で位牌を持つ役をやっている。
その後、長男が喧嘩の仲裁に入って死亡(ここでまた位牌をもつ)し、養子話は頓挫。B家を継ぐことになる。
三女、四女はごく若いうちに死亡、五、六、七女ときて、祖父死亡(位牌を持つ)。
次女の初婚で生まれた娘を再婚時、祖母が八女として養女にし引き取る。
わたしの上の弟が生まれた頃は…[全文を見る]
告別式後、弟二人、母、義妹、最も近しい叔母と義従姉だけで会議。
義妹がプチぎれしてくれたおかげで、十数年以上ぶりに全員あるていど腹を割って話ができた。
おもしろいこと。
頓服飲んだ。
1日もちますように。
超苦痛。助けてー
病理解剖の結果は、肺癌とその転移が体幹部にみっちり。あるいは脳にもという話だったが、あまりにもいい顔で眠っているので、そこはやめてもらったとのこと。
肺に関しては、胸膜炎が酷くて結核をやったことがあるのかと言われたほど。アスベスト被爆のあとがあるとのこと。10代の時に働いたガスコンビナート建設の時じゃないか、という話はわたしがするまで出てこなかったらしい。
そうか今日はサッカーとかサッカーとかシャーロックとかあったらしいな。今朝新聞も見ずに家出たから忘れてたし、知らなかったし。
あ、シャーロックは明日からか?同居人に録画頼んだ。
身内で小さくの予定が、通夜だけで60~70人くらい来たそうで。わたしはぎりぎりまにあわなかったんだけど。ある意味この人数は、わたしには予想できてたのであまり驚かない。義妹はびっくりしたみたい。うちの親、活動範囲が広かった上に引っ越し繰り返してたからなあ。明日の告別式のほうがこわい。
時間が時間だったので誰も看取れなかったかとそれだけが気がかりだったが、母だけは看取れたらしい。一人でなかったか、とほっとした。
あとは、何かのはずみで母が祖母の時のようにぶちギレませんように(しかも本人は覚えていないという(^^;))
Non voglio che piova o fa caldo domani.
(明日雨が降ったり暑かったりしないといいな)
おやすみなさい。