毎日一句 反省会
葡萄路やロバ車轍を重ねをり
遥かなる吐魯番〜葡萄かなシリーズ〜今日は“かな”って言っていない
白揚樹の並木をロバ車が行き交う姿は、まさに西域ロマンですねぇ
吐魯番では葡萄棚で覆われた路をロバ車がゆく様子も見られます
乾燥した道路の土埃のかんじを轍を重ねるということで表現できたらいいなぁ
“刻みをり”も考えたけれど、“重ねをり”で、ずっと昔からロバ車が行き来している葡萄路という時間も伝わるといいなぁ
反省点は、
葡萄路やロバ車轍を刻みけり/重ねをり
→最後は名詞で終えた方がいいかなぁ
葡萄路に轍を刻むロバ車かな/葡萄路にロバ…[全文を見る]
ハマスタBAYビアガーデンも、8月2日から始まるけれど、吉田まちじゅうビアガーデンっていうのも楽しそう
午後のロードショー、おもしろそうなりー
けど、プレミアムシネマを録画しちゃって、私はそろそろ出かけなくちゃ
あぁー、全然気のすすまない用事のために、午後ローがぁー…
自転車屋さん(MIYATAのおっちゃんの店ではない)から、ガンガンTUBEが聴こえていて、海の家気分
ずっと涼しい夜が続いているので、猫の密着が止みません
あれだけビールを飲んで、おなかはち切れそうだったくせに、最寄り駅に着いたら猛烈に甘い物が食べたくなって、ホワイトデニッシュとアイスモナカを買いました
映画とおしゃべりで脳をうんと使ったからだね!
毎日一句 反省会
緑廊の葡萄老爺に陰与ふ
遥かなる吐魯番〜葡萄かなシリーズ〜今日は“かな”って言っていない
路を覆う葡萄棚の下で憩うおじいさんです
緑廊はパーゴラとか日除け棚の意味で、葡萄棚というと葡萄園になってしまうので、それを避けるためと、葡萄の色を伝えたいこともあって使いました
陰落とすだと暗い印象になるので、涼を求めて日陰にいるのだという“陰与ふ”にしました
緑廊のおじいさんには、歩いてもらったり、座ってもらったり、休憩してもらったり、微笑んでもらったり、或いは無表情な中に緑色の瞳を見せてもらったりしたいのですが、なかなかでき…[全文を見る]
【「ロスト・バケーション」ネタバレ感想】
・オープニングのシーンが後々時系列でどこになるのかわかった時に、一瞬の安堵があって、いや?しかし…と一気に不安が高まるのがよかった!
・ビーチへの移動シーンでの画面にスマホ画面が映る演出が鬱陶しく感じられたのだけど、それが海のシーンでの時刻表示に繋がっていくのが、上手いなぁ
・事故の底には彼女自身の問題があるということが明らかで、ラストの一年後エピソードやエンドロールでの美しい海の映像で、それが解決した、っていうか自然とは全然関係ないことで、海はいつでもこんなに美しいよっていうのがよかった…[全文を見る]
今日の収穫
「アイアムアヒーロー」のアウトレットパークも韓国ロケだったと知り
「じゃあ、大泉さんの革ジャンのところは、マジBalentinoネタじゃん!」
と思いました
五七五では千日紅が主役だったんだけど、七七足すのに子供を出したら、千日紅+千日紅を爪弾く人+その人と連弾したい子供 とキャストが増えてしまった
猫の駐車場に寄ったら、ぐるりとパネルで囲われていて中が見えなくなっていた
隣家との境を覗いたら、パネルの下に茶白のおしりが半分見えていた
みんな、元気かなぁ
さてと、身支度して、そろそろ出かけましょうか
お庭に水やりにも寄りたいし
最近、ごまふくが起こさない代わりに、王様が起こしてくれます
王様は話せばわかるタイプなので、ベッド下で延々「なん!」「なぁん!」「ぬぅぅぅぁぁぁあん!」と鳴き続けます
で、数回カリカリノックをさせた後は、こっちゃこ鳴きをして、今朝方はごまふくとぶつかり稽古をしていました
ポケモンGOで気がかりなのは、地域猫さんたちの居場所がなくならないかなのです
あんスタ!過去イベントやるんだねぇ
やったー
再度おやすみー
とるふぁん、行きたいなぁ
それが無理なら、大泉さんに行って来てほしい
どうでしょうで
無理?
おやすみー
毎日一句 反省会
葡萄路や中国象棋の駒の音
*将棋を象棋に直しました
遥かなる吐魯番〜葡萄かなシリーズ〜今日は“かな”って言っていない
吐魯番では葡萄園や民家の中庭だけではなく、町の通りも葡萄棚が覆っていてアーケイドみたいになっているのです
通りとしてだけではなくて、人々の集う憩いの場所にもなっているようです
そこで中国象棋を楽しむ人たちの写真を見たので
最初は
緑廊の葡萄見下ろす将棋かな
だったのですが、葡萄が見下ろしているのか、見下ろされているのかわかりづらいのでダメ
あと、葡萄棚というと葡萄園のあの葡萄棚をイメージしてしまうのでは…[全文を見る]
たとえば
「花は美しい」っていう場合の“は”は、筆者である私が花は美しいと断言しているんだと思うんだけども
「花が美しい」だと、花というものが勝手に美しくあるのであって、筆者の責任は問われない
「花も美しい」だと、あなたにもご意見はあるかと存じますが、その中で花も美しいですよねと一言申し上げたいだけでございます…みたいなかんじなのかなぁ
プレバト!の俳句の先生(噂のなっちゃん先生)は「安易に“も”をつけると、書かれていないもう一つの何かがあるみたいになる」ので、いけませんっておっしゃっています
明確に何かを指し示しているならいいみたいです(しかも凡人の発想ではないやつを)
日常生活で、ついつけちゃう“も”は、“みたい”とか“とか”みたいなかんじで、曖昧にあやふやに当たりやはらかにする目的が無意識にあるんジャマイカ?と思ったりもするのです
「ねぇねぇ、明日、横浜とかにお買い物行かない?それで、ごはんとかも食べたりしてー」
など
昨日、べいさんで句を考えて(なんならゆうしょう)いたもので、今もなんだか勝利の余韻があるのだけど、それはそれとして実家に風を入れにいってきます
今更ですが、洗濯物を干さないと
午後の仕事に間に合わない