http://h.hatena.ne.jp/mo-he-ya/228171489816124245
[しらんがな]
子供の頃、しょっちゅう虫取りとか行ってはアシナガバチに刺されるんですが、そのたびに「はよションベンかけろ!」「俺がかけたるわ!」みたいなやり取りをしてたことを思い出しました。
んで「ハチ 小便」で検索してみたらショッキングなことが…
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q119225376
/ホリィ(新人)
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http://h.hatena.ne.jp/mo-he-ya/228171489816124245
[しらんがな]
子供の頃、しょっちゅう虫取りとか行ってはアシナガバチに刺されるんですが、そのたびに「はよションベンかけろ!」「俺がかけたるわ!」みたいなやり取りをしてたことを思い出しました。
んで「ハチ 小便」で検索してみたらショッキングなことが…
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q119225376
転校生が黒いランドセル背負ってるのを見て、「なんだ、かっこつけやがって」みたいな反感を覚えたんですが、別にかっこつけてるわけじゃなかったんですねぇ
http://ssl.japanknowledge.jp/hougen/
試しにやってみたら的中しました。
ランリュックってあまり見ないと思ったら、もしかして京都限定…?
五十猛の続き。

ピクニックに来たわけではなくて、たぶん灯籠流しに向かう親子

長閑だ…。

何の神様でしょうか
この後は大森銀山に向かおうかとも考えたのですが、大田市駅から往復のバス代が結構かかるし、せっかくの18きっぷも活かせないということで、そのまま西へ移動して浜田まで行きました。
そろそろフォトライフ無料分が限界なので、また来月…。
夜は出雲市駅前で寝たんですが、夜は3時頃まで車の出入りがあり、人も朝まで歩いてる感じで安眠できませんでした。
同好の士が他にも3人程いたんですが、皆よく寝られるなぁと…。
24時間営業のコンビニや深夜2時頃まで開いてる店もいくつかあって飲食には便利ですし、宿泊もスーパーホテルなんかもできてるんですが、野宿には向いてないかも(笑)

出雲市駅前の「エトアール」にて。
昼は出雲そば、夜はラーメン&餃子という面白い店でした。見た目通りシンプルな塩ラーメンですが美味しかったです。

翌朝は西向きの始発に乗って五十猛駅で下車しました。
五十猛神社に行…[全文を見る]
宇都井駅は地上から116段の螺旋階段を登って高さ20mのところにホームがあるという、変わった駅です。

TVでも何度か取り上げられたそうですが、三江線自体本数がとても少ないこともあって(江津方面へは1日4本)、駅の利用客はめったにいないようです。
待合室にあった地元の方が置かれたコミュニケーションノート(?)を読んでも、車で来たという人がほとんどのようでした。

ここ、上からの眺めもなかなか良いんですよ。

18時発の列車が来ました。日本海まで出られるのはこれが最終便です。
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阿須那から三江線宇都井駅まではまた徒歩で。

「とうふ あります」

右あすなえ、左うずいえ、と書いてあったみたいです。
検索してみたらこんなのが http://library.main.jp/index/jst22334.htm
「井戸正明」「井戸君」とあるのは甘藷の栽培を奨励して飢饉をしのいだという石見銀山の「芋代官」こと井戸平左衛門のことで、顕彰碑は石見のあちこちで見られます。

宇都井駅が見えてきました。意外と近かったので18時の列車到着まで1時間くらい余裕がありました。
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ちょっと涼しくなったと思ったら日がカーッと差してきました。そろそろ外に逃げた方がいいかな…
豪雨で三江線の橋脚が流されたってニュースで聞いてびっくり。
近所の沿岸部も、六甲山からの濁流で黄土色に染まってます。雨はすっかり止んで涼しくなりましたが…。

加茂神社前にあった牛馬市の記念碑。
中国山地の市といえば牛馬市で、阿須那の牛馬市は牛馬守護神として有名な大山に継ぐ盛況ぶりだったそうです。

阿須那には頼朝愛用の名馬池月の出生地という伝説があるそうで、それにちなんだお酒も造られています。

池月酒造。公式サイトもありました。http://ikezuki.com/indexsakagurashoukai.html
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川を挟んで向こう側に軍原キャンプ場が。

コンクリートの土手は結構高くて下も雑草だらけですし、合流している小川にも鉄条網が張られており、容易には渡河できそうにありません。
別にここで野宿というわけではなくて、高橋興光の「腹切岩」に行きたかったんですが…。
http://iwami.web.fc2.com/diary/ikusabara.htm

歓迎するならもうちょっと渡りやすくして

いや、歓迎してるんじゃなかったの?これ見て、諦めてしまいました。もっと涼しい時期に来よう。
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口羽から阿須那へ。GoogleMapsで経路検索した結果は、約2時間ということでしたが…時々山の影になるのが多少の救いでした。


あまり寄り道せずひたすら県道を歩きました…
車は時々通りますが、当然ながら他に歩いてる人はいません。途中、道路工事の?おじさんに「暑いので気を付けてくださいね」と声をかけられました。
棚田などもあったようですが、結構上る感じだったし、まだ僕の感性は田圃を見てエレクチオンできるほど円熟の域には達してないのでスルー。

スズメバチの巣を見かけました。
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口羽の町並み

すでに石州瓦でいっぱいです。

宗林寺、毛利氏の重臣・口羽下野守通良の菩提寺。
阿須那の高橋氏を滅ぼした後、宿老・志道広良の弟だか子だかの通良が入国し、口羽氏を名乗ったものです。
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写真も何とか三江線までは上げられたということで。
三次までは福山乗り換えで福塩線経由したんですが、実は全線乗ったのは初めてでした。
今回は乗り継ぎ待ちで府中駅に30分程だけでしたが、神辺などは井原鉄道とも接続してますし、尼子ファン的には宿敵・杉原盛重ゆかりの地なので、いずれはじっくり回りたいですね。

これちょっと気になった、備後矢野駅のうどん。
駅長さんがうどん、そば、お土産など売ってるそうな…。http://www.yanoeki.jp/3.html

福塩線最高でーす!(違

ここからが三江線。左は芸備線です。
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流れを読んでませんが
「はだしのゲン」は何度も読んだものの、正直なところ一種のバイオレンス漫画としか感じていませんでした。
原爆の怖さを伝えるという目的に限れば「はだしのゲン」よりもNHK広島編「劫火を見た」の方が良いと思います。
幼少の頃これを読み聞かされた衝撃は今でも忘れられません。
実家に何冊かあったのですが、いつか生まれるかもしれない子供のために、手元にも1冊確保してます。
設楽原歴史資料館ではこれを買いました。
「設楽原をまもる会」の研究成果がまとめられた『設楽原戦場考』です。

合戦ではなく古戦場の遺跡の研究という馴染みのない内容ですが、たとえば山縣甚太郎昌次の墓について『藷山随筆』からの引用
設楽原の戦跡にはあちこちに武田家臣の慰霊のための墓が立てられています。

こんな感じで一見普通の畑の中になりますが…

原隼人佑昌胤、父の加賀守昌俊ゆずりの地勢を見る才能により陣場奉行として活躍、信玄の時代には山県昌景とともに「両職」を務めたという名臣です。
設楽原では昌景とともに左翼を担当して徳川軍に当たり、最期は乱戦の中で亡くなったとか。

山縣三郎兵衛昌景、兄の飯富虎昌から引き継いだ赤備えで有名、家康が最も恐れたという猛将ですが、信玄の側近として行政文書にも多く関わっています。
設楽原では徳川軍の柵を迂回して連吾川を渡り背後に回ろ…[全文を見る]
設楽原歴史資料館にて、天龍画『武田信玄狙撃之図』



武田信玄は野田城攻めの時、笛の音に誘われて近付いたところを狙撃され、その傷が元で亡くなったという伝説にちなんで描かれたようです。
設楽原戦跡の整備は「設楽原を守る会」が中心に活動されているらしく、団体名の入った看板や石碑を多く見かけました。 公式サイトもありました http://sitarahara.p1.bindsite.jp



こちらは信玄塚、設楽原の戦いで討ち死にした武田方の兵士達が埋葬されているそうです。
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