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ホリィ(新人)のことを語る

その他の別子銅山写真、東平編。
東平には最盛期で3600人以上の人が生活していて、学校や劇場なんかもあったそうです。

奥の山には雪が積もってました。


この建造物は貯鉱庫と索道基地跡です。観光スポット的には一番の見どころ?
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こっちは椀子王墳墓と伝わる「ゴロゴロ山古墳」
ゴロゴロ山て。


飯岡城跡は分からずじまいでしたが、GoogleMapsで検索してみたらこの丘陵地の外れに「城」という字があるようです。
木津川の流れがどう変わってるのかは分かりませんが、川に隣接した城だったんでしょうか。
川沿いに北上すると、草内の渡しがあります。対岸は十六の渡し。(今は山城大橋)
この辺りは河内と大和と京都が交わる要衝でした。
穴山梅雪が本能寺の変後に徳川家康とともに堺から東国へ逃れる途中、草内の渡しで郷民と諍いを起こして殺され、飯岡の村人によって葬られたと伝わっています。
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この階段上ったら…

薬師山古墳でした。

継体天皇の皇子椀子王の子にあたる櫻井王の墳墓という伝承だそうで、古い石碑には「桜井古墳」とありました。発掘調査の結果はっきり分からないということで呼び名が変わったみたい?

飯岡は三好長逸の居城があったところで、そっちが目的で行ってみたんですが、市でもよく分かっていないのか解説板等は見当たりませんでした。

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こんな感じ。奥の山には桜がたくさん咲いてる「チェリーロードライン」が走ってます。中腹からちょっと脇道を下ったところ。

三角点もありました。

城跡から川島町の中心街方面。真ん中あたりの小高いところには川島城があります。
でも上桜城に篠原長房を討伐した後で建てられた城だから、あんま思い入れないのです。模擬天守だし。
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昨日のアクセス数

桁違いで笑えるわこりゃ。事前に記事上げてキーワード力が高まってたのが良かったのかな。

Yahoo 76%
キーワード…上月景貞 26%、上月城の戦い 11%、上月城 10%、上月景貞 宇喜多 6%、宇喜多直家 上月城 5%
アクセス先…上月城の戦い第一幕・秀吉の播磨侵攻 83%、大河ドラマ『軍師官兵衛』以前の播磨の戦国時代あらすじ(ほぼ赤松氏の話) 8%、大河ドラマ『軍師官兵衛』以前の播磨の戦国時代あらすじ(ほぼ赤松氏の話)・続 2%

Google7%
キーワード…上月景貞 65%、上月城 9%
アクセス先…上月城の戦い第一幕・秀吉の播磨侵攻 87%、大河ドラマ『軍師官兵衛』以前の播磨の戦国時代あらすじ(ほぼ赤松氏の話) 6%、ブログトップ 3%

鹿介はライバル多数のためか来訪なし。
しかし大河ドラマ効果ほんとすごいなぁ…アクセス稼ぎでネタバレブログとか立てる人が出てくるわけだ。(ああいう歴史研究へのリスペクトが感じられないのは嫌いだけど)

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ありがとうございます、亀山本徳寺には姫路来訪の際に立ち寄ろうと思ってたのですが、これ素晴らしい資料ですね。
三木氏が応仁の乱で大内軍を先導したとか、三木氏の志願で実如の連枝が下向とか、興味深いです。
赤松氏や小寺氏との関わりについては『一向一揆 封建社会の形成と真宗の関係』にも少し出ていたので、合わせて見てみようと思います。

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長島の願証寺も蓮如6男の蓮淳が開基なので、この一家衆の流れのようですが、Wikipediaを見たところ蓮淳は加賀門徒の内紛に、娘婿である超勝寺の実顕方へ肩入れして下間兄弟を派兵したそうで。
幼くして法主となった証如の母が蓮淳の娘ということで、今ではむしろ加賀門徒の内紛の原因は、法主を抱き込んだ蓮淳の専横に対する加賀一家衆の反発とされているのでしょうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/享禄・天文の乱 が詳しいですね。
畿内大名の勢力争いとの関連が詳しく書かれてますが、参考文献の一つに吉川弘文館の『戦争の日本史14 一向一揆と石山合戦』が。やはりこちらが本命か…。

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一巡目読了、気になるところを拾い読み中です。

蓮如以来、特に真宗の発展が著しい地域には一家衆と呼ばれる血縁者を派遣して門徒を監視させ、領土拡大の野心を持つ者に対してはその罪科を摘発し、法主が一手に握る破門権を武器に門徒や坊主を統制したとか。

この破門というのが、郷村的発展を遂げ村全体が真宗門徒と化している地域の坊主・門徒にとっては、生活を立ち行かなくされる程の影響を与えたそうで。
祭祀や農作業といった共同生活から締め出されるのはもちろん、竈の火が消えても火種を借りることもできないし、火を貸した者も恐ろしい無間地獄に落ちるとされ、…[全文を見る]

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店頭ディスプレイでこういうの見つけるたびに A H O とか U N K O って並べ替えてニッコリしてるおっさんは世界広しといえども僕くらいな気がする。いつもすみません。

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これかなー

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( ´-`)。o 0(…いつもの調子だと、最初に買うのはダイエーの半額コロッケになりそう…)

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エイプリルフールというと、幼少の頃に読んだドラえもんで「四月バカ」を知った時のことを思い出します。それまで自分の周りにはそんな風習はなかったので。
はっきり覚えてないけど、のび太がジャイアンを騙そうとしたけど逆に騙されて悔しい、みたいな話だったような…?

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2日続けて驚きの200越えで記録更新。

次回から上月合戦というわけで、「上月景貞」での来訪が倍増してます。
アクセス先の1位が相変わらず「播磨の戦国時代あらすじ」になってるのは、3%以下のゆらぎのあるキーワードでの訪問でしょうか。

Yahoo 72%
キーワード…上月景貞 17%、赤松氏 4%、戦国時代 勢力図 3%、上月景定 3%、上月城 3%
アクセス先…大河ドラマ『軍師官兵衛』以前の播磨の戦国時代あらすじ(ほぼ赤松氏の話) 41%、上月城の戦い第一幕・秀吉の播磨侵攻 37%、「三木合戦絵図」絵解き - 三木合戦と天正年間の播磨国の情勢 5%

Google 8%
キーワード…上月景貞 …[全文を見る]

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政職と官兵衛の関係については、大門先生も「黒田官兵衛の主君は誰なのか?」という記事を書いてました。
http://shuchi.php.co.jp/article/1802
信長は英賀合戦の感状を政職に与えているのに対して、官兵衛には村重を通じて申し聞かせたという話で、官兵衛が松寿を人質に出したことも、別所重棟の娘との縁談を進めたことも、小寺氏に並ぶ一部将として扱ったことを示すのではという話。

あと当時は「小寺官兵衛」を名乗って秀吉や信長からもそう呼ばれてますが、ドラマではおそらく意図的に終始「黒田」と呼ばせてますね。その辺も作為的で嫌だなぁと感じるところです。
それならそれで、黒田を自立性の強い家と描けばいいものを、政職に対しても良い顔をさせようとするから、結局そのしわ寄せが政職と小寺家中のその他面々に押し付けられてしまうという…。

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今日の『戦え!官兵衛くん。』
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-275.html
つっこみわろた
>>
官兵衛は、福原城を囲師必闕の戦法を用いて落城させようとさせますが、福原城は北と東が山、西と南が川という山の裾野にある城ですので、山側に逃走ルートを開けてしまうと、追撃するのが非常に難しくなります(⇒第161話の最初のコマが地図になっています)。
どうやって、落とすのかと思っていたら...福原城の南側が森?
福原城の地図がニセモノにすり替わっていますがな( ゚Д゚)
<<
国府山城への転居とセットのはずの姫路城献上の話がここで出てくるのは確かにおかしいんですが、小寺家中の官兵衛への不信の理由にしたかったんでしょうね。
でも秀吉が政職に会って官兵衛を貸すことを承諾したって話になったので、結局は相変わらずな政職の優柔不断が決め手ってことになりそうですが…。

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こっちも。
http://akahigetei.weblike.jp/rekitan/r2.html
http://tikugo.exblog.jp/10781242
伊沢頼俊が首級を持ち帰って伊沢城八幡宮の辺りに「篠原明神」として祀ったという伊沢村の篠原祠、川島城近くの川島神社にも祭神に篠原紫雲とあるけど、Webには何も情報なし…。

http://blog.livedoor.jp/fumi1202/archives/6282352.html
川島町南寺って書いてるし、本では上桜城戦没将士の霊を祀る供養塔とある物のようだけど
文政9年に川島町桑村字久保田に建てられた墓石というのは別物?検索しても情報なし…

ここの情報も貴重かな
http://www.library.tokushima-ec.ed.jp/digital/webkiyou/17/1718.htm