番外編03 「鬼吉川」 ~吉川元春役には吉川晃司氏を推薦!~
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-71.html
>個人的には、吉川元春役には、三代目鬼吉川の吉川晃司さんを推薦します(ご子孫だそうです)!
そうだったのかー!でももうキャスト決まってるみたい?残念
応仁の乱で同じ東軍方として吉川経基が播磨福井荘に援軍を送った話とか、しっかり触れられてて本当良いブログです。
赤松政則から経基配下と思われる吉川孫右衛門尉宛の感状。
「去十日、於坂本合戦、打太刀被疵之条、神妙之至候、弥被抽忠勤候者、可悦入候、恐々謹言
三月十二日 政則 …[全文を見る]
好きなお菓子屋さんを3つ挙げる
お菓子じゃなくてお菓子屋さんというところが微妙に難しいというか
あれは美味しかったけど、それをもって好きなお菓子屋と言えるほどその店知ってるわけじゃないし…みたいな
まあ、細かいこと気にすんなってことかしら
下の「序盤の官兵衛をとりまく人たちの人間関係」で重要なのは、この足利義昭が信長と組んでいる時期、毛利も親織田だったことですね。
親義昭≒反三好≒親織田という構図です。
赤松晴政は惣領家を継いだ義祐と対立して龍野の赤松政秀の元に逃れますが、その後は毛利氏との連携も模索しています。(その毛利も備中を巡って反三好です)
義祐を擁する小寺氏はその流れで赤松政秀と対立していたので、反織田になってしまったのだと思います。
三好三人衆が義昭を襲撃した際いち早く駆けつけた別所氏や、義昭の元に娘を送った赤松政秀の機敏さに比べて、小寺氏の動きは鈍いです。
この時期に赤松惣領家を擁したことが、むしろ足かせになったのかもしれません。
大物崩れ以後をマンガで紹介してるブログを発見しました。
「戦え!官兵衛くん。」
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
続きを書く気が萎えてしまうくらい、全体的に説明が丁寧で分かりやすいブログですが、大河ドラマの背景を手っ取り早く知るにはこの記事(の画像)がいいかも。
http://kurokanproject.blog.fc2.com/blog-entry-6.html
もっと短くまとめて赤松晴政・義祐まで書くはずが、政則・則宗愛が邪魔をして力尽きてしまいました。ぜんぜん大河ドラマに繋がってない(笑)
そのうち続きも書く予定
ちなみに、赤松義村「義晴はわしが育てた」という話ですが、赤松則祐の時代に赤松家によって春王丸(後の義満)が匿われた歴史もあって、なかなかドラマチックなのです。
義村と村宗のこともがっつり書きたいのですが、室津を訪問してからだろうと思って保留してるうちに、大河ドラマでも室津が舞台になってすぐフェードアウトしそうな感じもして悩んでます。
はてなブログに投稿しました
大河ドラマ『軍師官兵衛』以前の播磨の戦国時代あらすじ(ほぼ赤松氏の話) - k-holyの史跡巡りメモ

http://amago.hatenablog.com/entry/2014/01/16/054501
アウトレットモールにドライバーとして行ったけど暇なので書店の児童書コーナー眺めてたら、青い鳥文庫に「黒田官兵衛は名探偵!!-タイムスリップ探偵団と中国大返しを成功させよ!の巻- 」という本があって笑った。
他にも子供向けの官兵衛本はいくつか出てましたが、それよりも小学館の「ジュニア 日本の歴史 3」がおっさんにも勉強になる内容で欲しくなりました。
室町時代は末柄豊氏が執筆されたとのことで、手持ちの本でも何度か名前を見たと思ったら、論文「細川氏の同族連合体制の解体と畿内領国化」や「細川政元と修験道―司箭院興仙を中心に―」のひとでした。
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/personal/suegara/shisenin.htm
我が子とともに学ぶ日本史というのもいいかもしれない。(我が子いないけど)
そんなわけで、三好実休が主君の持隆を謀殺した見性寺と勝瑞城にはいつか行きたいと思っていたのでした。
長く「勝瑞城跡」とされてきた場所がその一角に過ぎないという話を知らず、中途半端な訪問となってしまいましたが…。
勝瑞遺跡 デジタル博物館
http://aizumi-shouzui.sakura.ne.jp/pc2009/
公的な史跡紹介とは思えない程とても充実していて驚いたのですが、徳島大学が中心となった調査の成果を紹介するサイトのようです。
守護町勝瑞遺跡
http://www15.ocn.ne.jp/~shouzui/
勝瑞遺跡の公式サイトですが、こちらも充実しています。
http://www15.ocn.ne.jp/~shouzui/manga.html
取り込み画像っぽくて読みづらいですが、この手作り感あふれる「マンガ勝瑞ものがたり」はとても子供向けには見えない内容で必見です。(絵はちょっと脱力する感じですけど…)
阿波三好氏に関して、「小少将」後に「大形殿」と呼ばれた女性と、その子供達の興味深い話があります。
若松和三郎氏『戦国三好氏と篠原長房』によれば、板野郡西条城主・岡本美作守入道牧西の娘で、初めは阿波守護・細川持隆の側室でしたが、持隆が三好長慶の弟・実休(いわゆる三好義賢)に殺された後はその側室となり、更に実休が久米田の戦いで討死した後は、家老衆の一人・篠原自遁の愛人となりました。
小少将は細川持隆の嫡子・真之、三好実休の嫡子・長治、その弟で後に十河一存の養子となった存保を産みましたが、三好長慶亡き後の政権を支えた家老・篠原長房を、…[全文を見る]
普通の自販機かと思いきや、だいぶ徳島化されてました。


これが美味しかったです。美馬市の司菊酒造が作ってるそうな。

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この後、阿波細川氏の守護所で阿波三好氏の本拠地、勝瑞城にも寄ったのですが


長く妄想の中でイメージを膨らませていて、これ館跡?ってほど意外に小規模で拍子抜けしましたが、どうもここは長宗我部氏の侵攻を受け最後の決戦となった中富川の戦いに際して急造された城の跡ということのようで。

跡地に建っているのは阿波三好氏の菩提寺、龍音山見性寺(臨済宗妙心寺派)です。
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( ´-`)。o 0 (…なんかいかがわしい雰囲気に見えてしまう…僕の目が腐ってるんでしょうか…しらんがな…)
三好長慶が基礎を築いた町というのも個人的なポイントです。

『戦国三好氏と篠原長房』には永禄7年時の情報として美馬市脇町には脇城(武田上野亮)、岩倉城(三好徳太郎)があったとのこと。

左端の真ん中あたりの山かな…?
Wikipediaによれば脇城の遺構はほとんど残っていないそうですが、三好政権期に城主を務めた武田信顕(上記の上野亮のことでしょうか?)は、武田信虎庶子との伝承があるという興味深い情報が。
また、岩倉城主の三好徳太郎は、三好康長(笑巌)の子・康俊のようですが…。
阿波三好家の重臣を謀殺してその首級を手土産に長宗我部氏に寝返った上、康長の四国到来に呼応して再度の反乱を試みたが、失敗して討ち果たされている。
とまあ、ひどい書かれようです。
先日の生田神社にて

ここは由緒ある神社でありながら、周囲は全く歓楽街として発展してしまったのが面白いです。(今は割と寂れ気味ではありますが…)
個人的には、秀吉が自らの書状で、城兵は悉く首を討ち、女子供200名を子供は串刺しに、女は磔にして国境に晒したと書き残していて、今でもその惨状が地名に残され伝承されている上月合戦をどう描くかがポイントだと思ってます。
(天正5年12月3日のこと、官兵衛も従軍してます。尼子再興軍が入城する前の戦いです)
僕は官兵衛のことを、播磨人の情念を背負い地を這って生きた人と評価してるので、官兵衛個人と信長や秀吉との関係よりも、赤松旧臣達それぞれが中央政権の争いや外部勢力の侵攻に際していかに生き残りをかけて戦ったのかを丁寧に描いてこそ、官兵衛という人の魅力も活きると思うわけです。
(いわゆる黒田二十四騎の大半は播磨人ですし、官兵衛は地縁というものをとても大事にした人だと思います。黒田氏の出自については諸説ありますが)
で、そういうことをやれるのはNHK大河ドラマだけだと思ってるので、ぜひそういう方向性で行って欲しいなぁと。
播磨の諸将と比べると…[全文を見る]
あとまだせいぜい30代であろう赤松政秀が白髪混じりのじいさんなのは、明らかにおかしいですね。
これから色々と謀略を使ってくるというおことで演出上の理由でしょうけど、そういうのもどうかなぁと。
というか、赤松(晴政、義祐)、浦上(政宗、宗景)、小寺、別所、龍野赤松、この辺りの関係と、畿内政権との繋がりをきちんと伝えておかないと、あの事件の背景は理解されないし、後の三木合戦も織田側の視点からしか描けないんじゃないかと…。
軍師官兵衛
見ましたが、龍野赤松氏=「赤松」と呼ばれていることに危惧を感じてます。このままでは、赤松惣領家の存在が作中で触れられることはないような気が…。
播磨の情勢をちゃんと伝える気はなく、かと言って畿内の三好政権の様子を伝えることもなく、ただ未来の信長や秀吉との関係だけが運命じみたものとして描かれるという、視点は違えども結局はこれまでとあまり変わらない戦国物になりそう。
播磨を、官兵衛を題材にしておきながら、もったいないなぁと。
まあ、信長は圧し切りのエピソードをより印象的に繋ぎたいんだとは思いますが…。
あ、子役は可愛かったです。
高松に行ったついでに、大黒さん瓦チェックしてきました。

鶴と亀。これは結構よく見かけました。写真を見比べると、地元京都府南部の物とほぼ同じです。
壁の青い模様もちょくちょく見かけました。

何か巾着袋みたいなの?

家紋が入った物もぼちぼち見かけました。
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