変なスイッチ入った。「想像で語るオヤジプラス」の再来か。
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くたびれ はてこのことを語る
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「許すとは復讐する権利を放棄するということだ」「復讐は神のもの」
という言葉を忘れない。
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目にするたびに胸が悪くなる大嫌いな人を思いがけないところで見かけちゃった。
この先何度もこんな気持ちになるのはうんざりだから許してあげることにする。
貴様の正義感に燃える善人ぶった卑劣な行為は一生忘れないけど、せいぜい達者でな。
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「そんなジャンルが」と思って四畳半映画で検索してしまいましたよ。
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これが男の罪だとしたらわがままで片付けられるもんじゃないべ。
それは許さなくても女の罪じゃないだろ。
お菓子食って涙流してる場合じゃないよな。
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親が息子を大学へやるために探して住まわせる部屋に、
ろくな荷物も持たず身一つでやってきて住んで、
甲斐甲斐しくあれこれ世話をやいて、
どうかすると子どもも堕胎させられて、
それなのに男は田舎の有力者の娘とお見合いした挙げ句、
「ああ、明日の今頃は僕は汽車の中」とか言って去っていったりしたんだべ。
そりゃ団塊世代の女性が娘に自立しろ、男を信じるなと呪詛を吐くのも無理はない。
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一刻館みたいなところか。
と思ったら「いっこく」で変換できないので試しに「めぞん一刻」と入れたら出たよ、ATOK。
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二人で三畳一間が成り立ったのは、何もかも置いておける実家があったからだろうな。
いまは戸建ての実家も多くはないから「うちは物置じゃない」って言われる。
昭和の一畳はきっと江戸間で90×180、平成の団地一畳は85×170だ。
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昭和の無職学生が親の仕送りで同棲する場合、家事全般女性がやるなら、男性は女性のために何をしたんだろう?
洗い髪が芯まで冷えるまで外に立たせておく男性の怖いほどのやさしさって何だろう?
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ふと思いましたが、そんな昭和感覚が昭和乙女のハートを狙い撃ちなんでしょうか。
DVDを貸してくれた方にそのシーンで大爆笑したと話したところ、彼女にはたいへんな胸きゅんポイントだったとのことでした。
もしかすると「地下生活者の手記」も、当時は違う読まれ方をしたのかもしれません。
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「韓国は未だ昭和っぽくてすごい」と思ったのは「冬のソナタ」の中で、手に手をとって真冬の別荘に愛の逃避行中のユジンとチュンサンが、早朝チュンサンが釣ってきたでっかい魚を、ユジンが宮廷ばりに料理して、笑顔でいただいている朝食のシーンです。
朝っぱらから雪の中魚を釣ってくるチュンサンもすごいし、いきなり大きな鯉くらいある川魚を釣ってこられても慌てず騒がず間に合わせのキッチンで料理するユジンもすごい。はてこだったらいくら愛の逃避行中でも「これ、どうするの?」「誰がさばくの?」って真顔で聞いてしまいます。愛と花嫁力が試されます。
でも昭和の主婦は川魚だろうが海魚だろうが夫がどこかから釣ってきた魚をさばいて残りを塩漬けにするなんて文字通り朝飯前だったでしょうね。昭和の男子が意中の女性を別荘に連れ出した翌朝、早朝から雪の中釣りに行ったかどうかは、ちょっとわかりません。クラッカー食べてちゃだめなのか。
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そのようなわけで、「男の料理本にやたらと『本格的』とか『こだわり』とか書いてるのは滑稽だ」という意見が増えるのはいいことのように思います。男性がお料理をするために世間に言い訳しなくてよくなったってことでしょう?
性別問わず食べられるものは美味しく調理して食べたいし、料理の方法を学ぶ人が増えたらみんな幸せだよね。「ダンナさんが喜ぶお弁当」とか「彼氏に作ってあげたい週末のレシピ」みたいな本が絶滅するべきだとは思わないけれど、男性が手にとって閉口するようなお料理本が減っていくのは女性にとってもうれしいことだと思うな。
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韓国人留学生の男性と、日本人女性の実体験を描いたラブコメマンガの中で男性が
「僕は「男が料理をするようになると女は不幸になる」という言葉を信じて、食事はすべて外食というロマンチストです」という一文がありましたが、ほんの20年前だったら多くの日本人が同意したかもしれないし、いまも40代以降の世代は建前はともかくかなりの割合で「あるべき姿はそうなんじゃないか」と思ってしまいそうです。
そんな中で「男性向け料理本」を出すとなると、男性読者が手にとってプライドを傷つけられないか、またパートナーがそんな本を家に置いていることで女性が屈辱を覚えないか、編集サイドは気を遣うのかもしれません。それが勢いあまって「パンを石窯で焼け」とか「イベリコ豚が最適」と現実離れしたレシピの掲載に繋がるのではないでしょうか。
ていうか、NIKKEが月一で寄越す雑誌のお料理コーナーはそんな感じです。
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でもそれは昭和の男にはあるまじき精神性。
平成に入っても90年代は主婦本に、「寝る前に翌日の服を揃えておくこと。旦那様のコーディネートも忘れずに」なんて書いてあったり、「恋のから騒ぎ」で、「半同棲中の彼のおそうじとお洗濯とお料理をしているけれど、彼が服を脱ぎっぱなしにする」なんて話が出てきたりして、男は身の回りのことを女にやらせる生き物、女は男の身の回りのことをやって喜びを得る生き物だということになっていたのです。
たとえ少女時代は家事が嫌いでも、好きな男が出来れば女は自然と身の回りの世話をやきたくなり、家事に喜びを覚えるのが生理的なつくり。男が自分で家事をやるのは女の喜びを奪う残酷な行為だし、自分で家事をするようになった男は姑のようになると大まじめに信じられていたのです。
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我が家は父が雑誌好きだったおかげで、同時期にPOPEYEやBE-PAL、mono-magazineから週間文春、週刊新潮、週刊ポストなど男性向け雑誌が驚きの充実度で揃っていたのですが、ホットドッグ・プレスとそのほかの雑誌の違いは「俺はストイックな男だから女なんて興味ない」という少年系、また「俺は男だから女の仕事はやらないし、女は口説くけど媚びたりしない」という亭主関白系と違って、「俺は男だから女が好きだし、好かれたい」と誠に率直で微笑ましい精神が明かだったことのように思います。
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その昔「ホットドッグ・プレス」という、靴の磨き方やアイロンのかけ方を彼女の抱き方などと同列に手取り足取り図解して、男性が自立を誇りに思えるような実践的な雑誌があったのですが、当時は「男が身の回りのことを自分でやったり、自分で服を選んだり家事をしたりするのは女々しく軟弱で情けない」という思想が今よりも根強かったせいか廃刊になってしまいました。デートマニュアル・セックスマニュアルを読んで学ぶとか馬鹿じゃないの、非モテの証拠だよ、などと悪口を言われたりもしたようです。いや、学んでいいだろ。まんまやらなくても参考にしていいだろ。これも…[全文を見る]
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思い出すと身もだえするような若気の至りの数々が、いま若い方々にやさしくする力になるんだ。←ポジティブシンキング
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New!りんりんさん、やっぱりガスコンロ周辺にいらっしゃるみたいだ。
あとはもちおがいるときに同じ音が聞えるか、
ガスコンロを離れた部屋でも聞えるかどうか、
対話ができるかどうか確認だな。うーん。どうなのかしら。
/くたびれ はてこ
