でも、すごくがっかりした。すごくすごくがっかりした。
もちおが、わたしがその方向に変化することをとても喜んでたからだ。
そんなに喜ぶなんて驚いた。
わたしは期待されることが心底負担で、これまでそれをやめてと何度も言ってきた。
でももちおもわたしを養うことが苦しくて辛いんだろうなと思った。
それをいつも済まなく思っているから、これからなんとか喜ばせたいと思った。
でもそれは無理だとわかった。
もちおにはわたしにとって何が無理なのか、感覚的にわからない。
だから一時の気分だと考えて、たしなめようとしたり励ましたりする。
もちおが望むことを叶えたいという気持ちが強くなるととても辛い。
ここまで来てやっと、最初に思ったことを考え直す羽目になった。
わたしの都合や希望で身体を思い通りにすることは出来ない。
たとえちょっとでも、長く続けて慣らそうとしても、無理なことは無理だ。
大半の人が出来ることでも、わたしには無理なことがある。
大半の人にとって無理で、わたしには平気なことがあるのと同じだ。
でも、わたしが思う社会に認められる生き方なんて関係なく生きている身体の方は
「冗談じゃないよ、どうしてこんな酷いことをさせるの?」
「助けて助けて」
って思う。わたしは身体が黙らないから身体に耳を傾けるのをやめる。
「酷いよ、痛いよ、苦しいよ」
「やめてやめて」
って身体が大声を出し始めると、それに耳を塞ぐためにほかのことに熱中する。
そして高額のマッサージに行って、お金で身体を黙らせようとした。
それで身体はわたしが嫌いになって、もう言うことを聞いてくれない。
部屋を片付けたり、料理をしたり、眠ったりしてはくれなくなった。
体型や体質から、生理的に絶対になれない職業ってある。
わたしは今から人にバレエを教える訓練を受けようとは思わない。
でも、つい閉じた部屋の蛍光灯の下でPCを注視するような仕事は出来るんじゃないかと思ってしまう。
ふつうの人はみんな出来るから。
出来ない人は健康管理や生活習慣を守る点で怠惰なのか、
はなはだ知的能力が劣っているかと言われているから。
「健康管理も生活管理もがんばってるし、頭もそんなに悪くないはずだ。
だからがんばったら出来るはずだ」
と思ってしまう。ちょっとなら大丈夫なんじゃないか、そのうち慣れるんじゃないかと。
蛍光灯が煌々としているところ、空気が淀んでいるところ、音が整理されていないところ。
そういうところでは刺激が多すぎて、バイクの荷台に置いた箱の中の小動物みたいになる。
たらっとネットを見ているのと、画面を注視するのは別で、注視は1日2時間が限度。
それ以上だと首が固まって左半身がどんどん痺れて歩けなくなる。
うまく耐える方法があるんじゃないか、慣れるんじゃないかと現実離れした希望を持って自分に無理強いをしても、それは箱に押し込めた動物が野原にいるのと同じほど元気でいるのを期待するようなものなの。
自分が思うところの社会が認める立派な生き方が出来るかと思ったんだけど、それは自分には生理的にとても苦しく、心理的負担も圧倒的で、そういう生き方しようとすると生きていけないことがわかった。
数年ぶりに未来に明るい希望を持って着々と進んでいたから、思ったようにいかないことがわかって非常に辛く悲しく、はてなもやめようと数時間ID削除手続きを前に逡巡していたけれど、よく考えなくてもはてなは無関係ですよね。
ハイクのほかに任意で失うものがないってことよねー。
放置状態のmixiとかFacebookとか退会しようと思わないもんねー。
脳トレやってるとどちらの数字が大きいのかわからないことがけっこうあると痛感する。
あんた8月5日6日試験じゃん面接とか行ってる場合じゃないじゃん
ぶっちゃけ仕事より学校よりいまはそっち優先じゃんどうすんの
と思うけど、こういう究極のかりそめ稼業ならお勉強の時間とれるんじゃないかしら。
どうかしら。せめて定期代と参考書代と受験料くらい稼げないかしら。
ご都合のよろしいお日にち・お時間・曜日とかいわれても先のこととかわかんねえし
シフトが固定されましたら最低半年はお休みいただけませんとかまじやばくね
と思っていたら一日募集の即日日払いの募集というのもあるんですね。
都会にはあぶれものが生き残る道があるな。ありがてえ、ありがてえ。
履歴書とか超うぜぇし顔写真とかまじむかつくんですけど
と思っていたら履歴書不要な仕事というものもあるんですね。
妹はうちに涼みにやってきたんだけど、我が家はノーエアコンだったのでがっかりしていた。
エアコンを買いに行ったら甥っ子が寒い寒いとがたがた震えだしたので、ショールで包んで連れて帰って湯たんぽを抱かせて羽根布団でくるんでやっていた。
妹の家はエアコン導入して大丈夫なのか。
モニタリングポストの数値と安部龍太郎の「等伯」の続きを読むのが、最近の日課。
それから「私の履歴書」を読む。
文化面だけじゃなくもっと政治経済欄も読めよって自分でも思う。
はてこはカレンダーに「弁当代200円」と書くことが励みになる守銭奴ちゃんだし、
うちには図書館独学王がいるからな。
世の中銭やでぇ。
もちおと話し合って話し合って話し合って方針きまった。
・出席する日は最初から最後までいて、時間内は黙々独習に励む
・授業より先まで課題を進行させ、数日置きに就職活動で欠席する
・今後の履歴にケチがつかないよう何らかの形で就職してやめる
・学校が主催するとうたっている資格を独学取得して高笑いする
いまのクラスで講師に質問する人って、わたしとアラカンの、元ムーのライターだったおじさんの二人だけ。
講師の授業の進め方やテスト対策について意見するのもわたしとおじさんだけ。
おじさんは最近マヤ暦2012年地球滅亡説を批判するテキストをwebに上げたりしてるみたい。
子どものころムーにはお世話になったけれど、はてことはまったく気が合わないと思う。
でも、わたしはアラカン世代と理解度や感じ方が近いのかと思ってしゅーんとしたりしたりしたのね。
おじさんは使用ツールの操作がよくわからないので、実技になると俄然小さく寡黙になるけど、
はてこは得体の知れない現象を引き起こして講師を黙らせているから、もっと問題よね、きっと。
でも、そっかー。学習意欲とか再就職必死感とか、歓迎されない世界なのねー。
計算してみたら生活支援金の支給額は一時間当たり千円。
時給千円の仕事って東京でも最近はなかなかないから、座って話を聞くだけで千円なら不満はないかも。
はてこは交通費・教材費・その他投資分の元を取りたい気持ちでいっぱいだから悶々としてるけど。
基金訓練スレ行ってみたら、うちの学校出てた。
明らかに違うクラスだけどだいたい同じスタイルだった。どこもこれなのか。
お国が運営しているんだからさぞちゃんとした基準で、って思ってたのよね。
ぜんぜん調べなかったの。そっかー。
そして基金訓練においてははてこのような言動をする人はクレーマーというタイプに分類されるみたいだわ。
クラスを追い出されたりするみたい。そっかー。放校かー。