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id:kafka250のことを語る

参考になるかどうかわからないですが、B型はのら猫に似てるらしいっす。飼い慣らしてるようで、飼いならされないみたいです。そのせいか、傍からみてると予測ができないらしくて、おっしゃってたミステリアス評価になるんじゃないかなあ、と。

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自分(id:gustav5)のことを語る

この、自分が判らない、他人が持ってる解らしきものに近づけない時、妙に焦る、ってのは、これは自分の問題かもしれない。
文学と呼ばれるものに、たぶん自分の「内なるの問題」を小説や詩とか短歌にどこか託してて、全然違う解釈をしちまうのだと思う。だからそういうのを除去しないと近づけないかもしれない。

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曲名連鎖のことを語る

なぜか上海

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短歌のことを語る

風呂沸かし 足先つけて ひっこめる 入るも苦行 入らずも苦行

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語尾に「24時」を付けて年末特番っぽくするのことを語る

寝床に入ったあとガスの締め忘れが気になるけど寒くて確認しにゆく決心がつかない24時

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自分(id:gustav5)のことを語る

なんだろ、思考がどんどんダークなほうにしか、すすまない

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無駄に携帯の予測変換を晒してみるのことを語る

お お疲れさま
と 取り急ぎ
し しばらく
だ 大至急
ま マジ乙

としはじめ

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書名連鎖のことを語る

二百回忌

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自分(id:gustav5)のことを語る

なんていうのかなあ、否定的なことに弱いのは、性格の問題ではないような。
「間違わないこと」が評価される時代に生きちまうと・誤答があれば減点されるシステムになれちまってると「どこを間違えたのか」を気にするようになり、間違うっていうのが怖いんだよなあ。「間違えずにやること」がいい結果を作り出すとは限らないんだけど、慣れちまったものはなかなか抜けない。
自分が判らない、他人が持ってる解らしきものに近づけない時、妙に焦るんだけど、これは死ぬまで治らんかもしれないな。

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自分(id:gustav5)のことを語る

【たまによくやること】
よく考えないで、ことばの袋小路につっこんで、抜け出せなくなる。

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sckrのことを語る

もしかしたら、それも教養といえるかもしれないっす。
実際、正確さを欠いてもいい場合、私も適宜自分の言葉に直して、他人の話を聞いて理解してることがありますが、他人の使ってる言葉と自分の使ってる言葉にかい離があるとき、その結果、どえらい誤解をするかもなので、諸刃の剣かもしれないです。

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短歌のことを語る

年の瀬に 干し柿見つけ 立ち止まり 鐘はならねど 腹はなるなり

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自分(id:gustav5)のことを語る

【ぼんやり】
七転八倒してた頃の記憶は、そう簡単には忘れない。
いまもそれなりに七転八倒してるけど、そのうち懐かしく思う日が来るのかなあ。生きてたら。

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メロディーを聴いただけで目頭が熱くなる曲。のことを語る

曲じゃないけど、このメロディを聴くと、名古屋にいたころによく耳にしたせいか、うるっとくる

記憶って音によって喚起されるよなあ。

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駅名しりとりのことを語る

鼓滝(つづみがたき)@のせでん妙見線

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自分(id:gustav5)のことを語る

危機意識とか、所属する組織の事情なりを他人に説明するとき、同じ知識の基盤がないとなかなか話が通じなかったりするのです。得意分野が違えば全然話が通じない。法務でオッケイでも税務・財務ではあきまへん、とか、そういうことになる。おれ、そういうのくわしくないから、って逃げられるんだけど、逃げられると困るから、ひとによっては逐一説明するんだけど、三分ぐらいアウトラインを拙い知識で説明してやっとわかりかけてもらえる、なんてことがあるわけです。やっとそこで危機意識を理解してもらえる。自分の言ってることは他人には理解してもらえないかもしれない…[全文を見る]

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文芸しりとりのことを語る

君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪は降りつつ

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誰か聞いてくださいのことを語る

資源ごみの収集の最終日を勘違いしてた…

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自分(id:gustav5)のことを語る

論理的に語る、というのは、たとえば議論とかを成り立たせる前提があって、その前提を知らなかったりするので、たまに知らない世界の人と話してると、同じ日本語をつかっててもなにをいわんとしてるのかわかんなかったり、強烈なアウェー感を感じたりするのです。
誰もが【自分の詳しい分野】というものを持ってて、それについて同じ基盤をもつひと・同じ程度の教養をもつ人とはなんとなく論理的に語り合うことはできるんじゃないかなあ、と思うんすが、全然違う分野だと言葉も違うし、教養レベルも違うと、それがしにくいのではないかなあ、と。
たとえば私は「解はひとつ…[全文を見る]

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たまに食べたくなるもののことを語る

フィリックスガム