論理的に語る、というのは、たとえば議論とかを成り立たせる前提があって、その前提を知らなかったりするので、たまに知らない世界の人と話してると、同じ日本語をつかっててもなにをいわんとしてるのかわかんなかったり、強烈なアウェー感を感じたりするのです。
誰もが【自分の詳しい分野】というものを持ってて、それについて同じ基盤をもつひと・同じ程度の教養をもつ人とはなんとなく論理的に語り合うことはできるんじゃないかなあ、と思うんすが、全然違う分野だと言葉も違うし、教養レベルも違うと、それがしにくいのではないかなあ、と。
たとえば私は「解はひとつとは限らない」ということを大学で叩き込まれたけど、じゃあそれをほかの人が学んだかどうかっていうと判らない。ほかの分野で妥当するかはわからないっす。もしかしたら正解はひとつしかない分野ってのはあるのかもしれないわけで。しれないわけで、って書いてるのはほんと私は教養がないので、そういう分野があるのかどうか知らないのです。
文学でいえば、文学史も知らないし批評のやりかたも知らないし、文学に限らず、ジェンダーなんかもっと知らないわけです。いろんな分野について知らないことばかりなので、土俵に立てないわけっすね。
ハイクでなんとなく学んだとすればそこらへんで、絶望も学んだし、通じるかもしれないなってのと、ああ通じないかもしれないなーここらへん、という境界線も学んだというか。
じゃあ絶望してるだけでいいのか、っていうとそんなことないだろうからなあ、と思うのでひたすら、書けることは書いているんすが、
