【俵越山展06】
2011年9月26日より10月2日まで京都・北大路の大谷大学響流館一階ギャラリーにて俵越山展が開かれます。
入場無料です。
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俵越山のことを語る
曲名連鎖のことを語る
手をつないで帰ろ
台風のことを語る
[22時09分現在の状況]
○東海道新幹線は運行
○東海道線は名古屋駅⇔尾張一宮駅間の上下線で運転を見合わせています。なお、現時点では同区間での運転再開の目途は立っていません。
○中央線は名古屋駅⇔釜戸駅間では本日中の運転を行いません。
○関西線は八田駅⇔春田駅間の上下線で運転を見合わせています
JR東海HPより転載
自分(id:gustav5)のことを語る
【逃げ道】【煙突からはないが】
背負っていって入ったらドアをかちって閉められるじゃないすか。でも窓はあけることできるんすよ。
誰もいないからといわれても困るから明日あさはやいんだーまたねーていって靴もって窓から逃げ出したことはある。
曲名連鎖のことを語る
優しい歌が歌えない
恵比寿のことを語る
自分(id:gustav5)のことを語る
それとはまた別個に、人の業のようなものをみたいといういやらしいところがあって、さらに人が苦悩するところの道筋を全部みてみたい、というところもあったりする。最後に安定が来ることを前提にして、不安定を見てみたい、というのはどこかある。
悩まない、というのはどこかうそ、という意識が抜けない。
なにを物語にもとめてるのは、自分でもよくわかんないけど。
自分(id:gustav5)のことを語る
【不安】
あー、不安な時は起承転結のはっきりしてるものを読んで安心したい、というのはあるなあ。根っこには、いまかかえてる不安が、ちゃんと終わりを迎えるのか、希望を持ちたいってのがある。
まあそんなに簡単には取り除けないけど、不安が片付くものをみると、自分のことじゃないのに、よかったな、みたいなところがあって、ひょっとしたら単純なのかもしれないけど。
ウソ豆知識のことを語る
ラムネのびんのビー玉はフェリシ・ド・ラムネーさんがいれはじめた説が有力
自分(id:gustav5)のことを語る
そんなことより、焼き飯とチャーハンの違いが気になりませんか?
なりませんね。
ふと思ったのことを語る
サイダーは甘味料とか添加してあります。清涼飲料水っす。有名なのは三ツ矢サイダーとか。
ソーダはそのものは甘くない炭酸水ってことが多いです。ウイスキーなんかをソーダで割ったりします。で、ソーダで色が濃いのはメロンソーダとか、色素のあるものをソーダで割って(甘みをプラスして)あることが多いからっす。
自分(id:gustav5)のことを語る
あー好きという記述を全部削除してそれでも好きでいられるか、というのは、パンケーキにサワークリームを載せるのが好きであると常に主張しなくてもサワークリームのせパンケーキが好きでいられるのと似てる気もするけど他人にはわからない。
他人にいわなければわかってもらえないけど、他人にわかって貰う必要性次第なのかなあ、と。
サワークリームのせパンケーキを野郎が好きに変えてもいいんだけど、根っこのどこかでカミングアウトの話とどこかでつながってなんとなくもにょる。
好きなことは表現しないと伝わらないけど、返り血も浴びることもあるけどなんすが。
、なんだかビー玉だけが今は転がる。
自分(id:gustav5)のことを語る
私は自分の全部じゃないがある程度を開けっ放し出し放しにしないと他人に伝わらないと本気で思ってて、たぶんだからしつこい長たらしい読みにくい文章まがいになってると思う。
住んでる世界が違えば何が正解か妥当かなんてわからないから。
でもって自分が経験したり読んだり知った言葉でないと他人の言葉がよく理解できない哀れな脳だと自分でも本気で思う。たぶん自分が書ける範囲でしか読めないというのは事実だろうしそこに正解があるならたぶん私は正解に辿り着けずにうろうろのたうち回ってるだけだと思うな。
やはり文学とかそういうのは遠いなあ。
しりとり※何か変のことを語る
類推ステキ用
自分(id:gustav5)のことを語る
醜くなってもは語弊があるので訂正
いつまでも変わらずにいてくれる?かなあ
自分(id:gustav5)のことを語る
なんで好きか、ということを論述できない→好きというはあやふやである→あやふやだから、外見だけで熱が覚める。
「わたしがおばさんになっても」ってあったなあ、と。あれ、私が醜くなっても愛してくれる?っていう歌だけど、そういう不安を江戸時代から日本は引きずってるよなあ、と。
どんどん話が大きくなっちまった。
自分(id:gustav5)のことを語る
人間って浅くて薄くて、心変わりしやすい、っていうのはいまでも通俗的かもしれないけど、通用するのでいまでも演目として残ってるんだけど、人間って美醜から離れられないんだろな、と。
醜くなってもあなたは好きな人を好きでいられますか、伊右衛門を笑えますか?というのが、南北がこっそりいいたかったんじゃないかと思うけど、ここらへん好きというものを記述できても論述・論証・自分で自分自身を説得できないできない日本人の悲しさだよなー、と。
自分(id:gustav5)のことを語る
四谷怪談のなかで、伊右衛門が、醜くなってしまったお岩さんを見限ったりするじゃないっすか。好き、というのは記述はできても論述できないって、まさにそうなんだけど、好きだった相手が醜くなって見限るその神経を男はたぶん記述はできても論述できないんじゃないかとかやはり思う。
でもって男って美醜に妙に浅薄なところがあるよなー、男のだめさがちゃんと書けてるよな、と思いつつ、じゃあ、それは男だけの問題なんだろか、と思いつつ、文学ってなんなんだろ、なんてことを教養のない人間は思っちまうのですが。
ぬう、ビー玉だけが転がる。
自分(id:gustav5)のことを語る
自室にテレビもなくて、ゲーム機もなかったので、ガンダムを知らないし、スーパーマリオも知らないっす。ジャンプは一時期よんでたから聖闘士星矢とキャプテン翼は知ってたけど。で、アニメの知識もなければゲームの知識もないので、他の人が熱中してるものに熱中してない、っていう傍流意識はすごくあって、それは全然大人になった今でも変わらない。
そういういみで流行を追ってない浅くてどんくさい、つまらない人間だと自分でも思う。
教えてはてなハイク!のことを語る
トンボの種類によって異なるはずです。おにやんまは交尾後単独で産卵場所までいきますが、ぎんやんまはいっしょに連結したままついてゆきます。シオカラは近くまでついて行って産卵します。記憶に間違いなければなんすが。
なんでそんなことになってるのかはトンボに訊いてみないと真相はわかりませんがいっしょについて行くのは他のオスに交尾させないため、という説だったはずです。
解決済みの疑問だったらすいません

