四谷怪談のなかで、伊右衛門が、醜くなってしまったお岩さんを見限ったりするじゃないっすか。好き、というのは記述はできても論述できないって、まさにそうなんだけど、好きだった相手が醜くなって見限るその神経を男はたぶん記述はできても論述できないんじゃないかとかやはり思う。
でもって男って美醜に妙に浅薄なところがあるよなー、男のだめさがちゃんと書けてるよな、と思いつつ、じゃあ、それは男だけの問題なんだろか、と思いつつ、文学ってなんなんだろ、なんてことを教養のない人間は思っちまうのですが。
ぬう、ビー玉だけが転がる。
