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八重の桜プロジェクトのことを語る

東山道(白河街道)の福島・栃木県境にある
「これより北は白河領」と白河藩と黒羽藩の境を示した標石。


↑ここいらへんにある。
戊申の役当時、白河藩主・阿部氏は棚倉に仕置(国替え)になり
小峰城は二本松藩士が守り、白河は幕府直轄領となっておりました。
4月20日、会津藩が小峰城を占領し、この標石も倒して
「従是会津領」の標と置き換えました。

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稲荷山からの眺め。

前に西軍の本陣、小丸山。右(西)が白河城下、左(東)に定信公が造営した南湖。
白河口の戦いでの総統は西郷頼母。
戦略より数の前に敗れ、戦死者は700を上回り、城下を流れる
谷津田(やんだ)川は血に染まりました。

前方からこちらへ走る白河街道(現・国道294号)は
千年前に義経が逃げた東山道。
同じ道から東軍も西郷村、大信、天栄地区へ逃げ落ちます。

敵陣小丸山を眺めながら
「うらやまし
 角をかくしつ又のべつ
 心のままに身をもかくしつ」
と詠んだ西郷頼母の歌碑。

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白河口最大の激戦区となった松並にある墓碑。
会津藩士三百余名の名が刻まれています。

東軍の本陣となった稲荷山の麓にある慰霊碑には
しだれ桜がほころび始めていました。

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片や、白河へ抜ける棚倉街道(現・国道289号)から農村部へ入った
夏梨では、農民・大竹繁三郎が東軍の間者と間違われて惨殺される事件が。
これを恥じた西軍は、繁三郎を「官軍」として葬りました。


↑「官軍」の文字が刻まれた墓石

繁三郎が馬を放していた辺りの、今は田んぼ。

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刈敷坂(白河市東地区)
棚倉からの街道(現在の県道55号)が御斉所街道と交わる坂の四辻。

慶応5年6月24日、棚倉攻めがはじまります。西軍参謀は板垣退助。
東軍は北へ北へと敗走する東軍を追って上る西軍は
刈敷坂の丘(おそらく現在の十一面観音がある公園)から
写真前方の川原田(現・中島村)を砲撃。
駐屯していた二本松藩の部隊を焼失せしめます。

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棚倉町・馬場都都古和氣神社
棚倉からは神出鬼没のゲリラ戦で西軍を悩ませた「十六ささげ隊」が出ておりますが、帰ったのが頼母様。ここの宮司になったのですが、西南戦争が始まると西郷隆盛と仲良しだったことから戦争荷担を疑われて解任されました。

※須賀川の恥知らずが立てたキーワードですが、ちょうどいいので使わせていただきました。
ちなみに福島県南地方振興局と白河観光物産協会では「戊辰としらかわ」をテーマにした「桜プロジェクト」実施中です。