家族で暮していたころも弟は家族全員から人気があった。
父も母も兄も妹も、弟の気を惹きたがり、自分が一番仲がいいと思いたがった。
きまぐれで頑固で自分が納得したことしかやらない。
それでも弟は頭ごなしに叱られることなくいつも愛されていた。
ところが弟は「自分は家族の中で一番出来が悪く放置されていた」と思い込んでいる。
女房子どもにも愛されていたのに仮面家族で疎外されていた風の孤独を滲ませている。
こういう不幸系男子って下手すると嫌われ者まっしぐらだから路線として難易度高い。
でも弟の場合その悲しみが情の厚い男子や癒してあげたい女子を引き寄せているらしい。
笑っていても孤児のような影がある。ジェームス・ディーン系。
このまま伝説にならなきゃいいけどな。
弟のFacebookがもちおと繋がっている。
「こいつ、もてる」
と確信する文章だった。ダメさがチャームポイント系。
さっそく見知らぬ女子が貼り付いてコメントしてた。
その後自分のハイクを見て、こいつはもてないと確信した。
「にゃー」「にゃ?」「にゃあ!」と猫語に類する単語も多い。
にゃあにゃあにゃあにゃあ言ってると思ったが想像以上だった。
正直喋れるようになる気がしない。
車中CDの発声を二人で馬鹿みたいに繰り返すさまがシュール。
ベトナム語のCDが来た。
ベトナム人がしきりにもっちゃんもっちゃん言っていた理由がわかった。
ベトナム語で100はもっちゃんと言うらしい。
ママンの枕詞が「ちがうのよ、」「それよりもね、」だと気付いた。
「ご飯はもう食べた?」
「まだなの。お腹空いちゃった」
「何か食べようか。カレーとか」
「そういえば美味しいカレーのお店があるのよ」
こんな何気ない会話も
「ご飯はもう食べた?」
「ちがうのよ、まだ食べてなくてお腹が空いてるの」
「何か食べようか、カレーとか」
「それよりもね、美味しいカレーの店があるのよ」
ちょっとした否定を文頭につけることであっとう間にやな感じに。
「これでパスタ作ると美味しいよね」
「それよりもね、これでサラダを作ると美味しいのよ」
「最近いいお薬があるんだよ」
「ちがうのよ、よく効くお茶があるってラジオで言ってて」
なんですかね。マウンティング?
親孝行は趣味だと考えれば報いも儲けも出なくて当たり前だと思った。
道楽にかけた時間や資金は戻らないものですよ。優雅なもんですよ。
趣味も極めれば悩みや苦労はつきものですよ。趣味で実生活が圧迫されるとかよくある話ですよ。
でも妻の趣味に付き合うもちおの心情は浪花恋しぐれみたいかどうかはわからない。
ママンがはてこの台所事情に深入りして徐々に見当違いな非難をエスカレートさせてきたので静かに本気で怒りました。
この年になってようやく本気で怒って親をビビらせることが出来るようになって本当にうれしいです。
謝ってきたので今回は許してあげようと思います。いけないのよ。
お風呂に入るのってタイミングを外すとなんでこんなにハードル高くなるんだろう。今日は化粧もしてないのに。
東京にいたはずの母が昨日県内に越してきたらしく、慌てて尋ねていったら2LDKの荷物をワンルームに押し込みきれず悄然としていたので連れて帰ってきてお風呂に入れました。日付を事前予告しなさいよ。
でもベトナム男子はすごいんです。
高校2年までは路上で切り込み隊長みたいなことやりまくって膝から火花を出す練習をしたり失敗して骨折して骨を出したりしつつも学校じゃ勉強熱心のおりこうさんのいい子と先生方の評判も高く、こんなことやってられるのはせいぜい高2までと最初から割り切って高3で計画的に受験体制に入って見事奨学金取得して日本に留学。日本語話せないことにも臆せず海外一人暮らしを開始して工学部でAIを研究、在日ベトナム人のネットワークを介してはてこ父と知り合い、きつい肉体労働を二年果たして貯金に励み、帰国後は起業と官僚試験の両立を果…[全文を見る]
お父さんは98年に仕事で初来日したとき、日本語が読めないのでどこで食事をしていいのかわからなかった。
お金はあるのに店が見つからず、一緒に来た日本語がわからない男性と二人で大阪の町をさまよったのだそう。
マクドナルドもあるのに、と思うんだけど、どういうわけか見つからず入れなかったんだって。
空腹のまま二日経ち、お父さんたちはある朝早く起きて、ホテルの階段付近に張り込み、他の客の足取りを追った。
そして朝食ビュッフェのあるホールを発見。ここだったのか!
日本語がわかる中間業者の親戚女性が一緒にいたけれど、お父さんたちは彼女に頼ることは沽…[全文を見る]
ベトナム男子の父はベトナム戦争の生き残りで、戦後貿易の仕事を少ししてから起業。
農閑期の農家に当たって竹製品を作り、裸一貫から始めて海外と取引するまでになった。
これまで日本語が話せる親戚の中間業者を通して売っていたがいろいろあって決別。
日本の企業に直接交渉すべく日本語が話せる息子を連れて来日したのであった。
ぜんぜん社長っぽくない。着ているものも持ち物、履物風貌も質素でよく日焼けしている。
大きな目と皮膚が張り付いた顔がどことなくオランウータンに似ていてどうにも微笑ましい。
お父さんは日本語も英語も一言も話せない。
言いたいことが…[全文を見る]
父は自分の跡継ぎがほしい、自分の足跡を残したいという気持ちで息子を探している。
女性が娘に求めるものって跡継ぎというのとは違うな。だからか。
「理想の娘を育てる」という夢に挫折して、外の若い子を娘代わりに育てる女性って思い浮かばない。
女性は実の娘に執着するものなのでしょうか。
それとも娘に着せたかったけど娘が嫌がった服を、部下に着せたり嫁に着せたりする人もいるのかな。
はてこ父には「息子を育てる」という諦めきれない夢がある。
実の息子二人にそれをやったら一人は国外へ逃亡し、一人は筋金入りのメンヘラになった。
孫息子を手元に置いて仕込もうと思ったこともあったが、ついていけない娘が切れて出て行く。
その代わりなのかなんなのか、各地で知り合う二十代男子にずいぶん入れ込んできた。
特にドロップアウトしてたり起業しようとしてたりする若者に弱い。
最近は対中国勢力のアジア圏の若者に惹かれるらしい。
「お父さん」とか呼ばれて父の日にプレゼントもらったりするとはまる。
そしてかなりの額を、こいつらに吸い上げられてきた。実の息子大弱り。
今年になって娘婿がやってきた。
あまり若くもないしアウトローでもないけど息子たんだからうれしいらしい。
初めて金を吸い上げない息子が来てよかったね。
番犬体質だからほかの息子たちには煙たがられそうですけれども。
ベトナム男子まとめ
・文句なしの美男
・まずまずの長身でスタイルよし
・ベトナム語、英語、日本語がビジネスできるレベルに使える
・返戻しなくていい奨学金で日本に留学するだけの頭脳
・夕食にベトナムの年収分をぽんと出せる親持ちのボンボン
・今年からコネでベトナム官僚に就いた
・実業家。クラブ経営、輸入アパレル業、その他
・モテ系。年長者から可愛がられる系
・事業の資本金の大半は親とはてこ父に出させた
・税金誤魔化してる
・仕事を依頼したはてこ父から税金と称して三桁の日本円をせしめた
・関税を調べたもちおが金返せと迫ったらばっくれて電話に出…[全文を見る]
ロゼッタストーンの無料体験でベトナム語を受講してみた。
これはお経のリズムじゃないですか。
お坊さん向きなんじゃないですか。
甥は最近はいはいとあんよの両輪で移動を続けている。1分もじっとしていない。
立って座ってはいはいして立って歩いて座って立って歩いて立って座ってはいはい。
色白小顔で女の子のような面立ちなのに抱っこすると全身引き締まってすごい。
食欲の旺盛さにハルクハルクと言われていたが、体格もハルクになってきた。
そして夜はものすごく眠る。
成長ホルモンとはあのくらいがんばらないと出ないものなのか。
楽してアンチエイジングできないかなーとかほんとすみませんでした。
[最近の子ども]
ベトナム親子を歓迎しようとこの組み合わせで着物を着た。

その後甥1歳0ヶ月と床に座って遊んでいたら、じっとこちらを見てからまっしぐらに帯に向かってきて
「にゃにゃ。」
と猫部分を指を差して言った。え!いま何て。
「にゃんにゃ。」
甥はグレコ13歳と暮らしているけれど、いつの間に抽象的な猫を理解するようになったのか。
初めて見た2Dの猫と常日頃追い回している3Dの猫の共通点がわかるのか。
びっくりして騒ぐ伯母が面白かったのか、その後何度も何度も
「にゃんにゃ。」
「にゃにゃ。」
と指差し確認を繰り返していた。毎日スクワットに余念がないと思っていたけど知能も発達している。