私たちの望むものは/社会のための「わたし」ではなく
私たちの望むものは/私たちのための社会なのだ (岡林信康)

松山千春つながりで山本コータローとのライブ!
知らんがな 今世紀に入ってからの松山千春のカバーアルバムでは、
♪ 私たちの望むものは/あなたと生きることではなく
私たちの望むものは/あなたを殺すことなのだ
は歌いませんがここではそれも歌ってます! [ポップス脳の恐怖]
/「わたし」じゃないの。
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私たちの望むものは/社会のための「わたし」ではなく
私たちの望むものは/私たちのための社会なのだ (岡林信康)

松山千春つながりで山本コータローとのライブ!
知らんがな 今世紀に入ってからの松山千春のカバーアルバムでは、
♪ 私たちの望むものは/あなたと生きることではなく
私たちの望むものは/あなたを殺すことなのだ
は歌いませんがここではそれも歌ってます! [ポップス脳の恐怖]
小学校の頃、同級生の女の子から、
一人称は「わたし」ではなく「あたし」が正しいのだと指摘されたことがある。
東京方言的には、そうなのかもしれない。
中島さんの歌のタイトルや詞は、「わたし」「私」「あたし」を使い分けているのだろう。
○「わたしの子供になりなさい」「あたし時々おもうの」「私たちは春の中で」
×「あたしの子供になりなさい」「わたし時々おもうの」「わたしたちは春の中で」
一方、平沢進は、ほとんどの歌詞で「キミ」と呼びかける。何かで「君」という表記があったはずだが、例外的だ。