あの長文に少なくとも一人の方は最後まで目を通してくださったのですね。
>「性的に刺激的な服装は誘っている→やってもいい」という理屈も出てきてしまうのかもしれないです。
よくわからないのですが、まさか
「きゃーっやめてーって言う女ばかりじゃないから触ってみないと分からないよ!
俺が触った女とは結局やれたしさ。アプローチの一つだ」
みたいな話でしょうか。でも最終的に双方合意なので違うと思いますよ。
三番が強い人は快、不快に関する自分の基準が人とずれていると常日頃感じているため、不快と感じてもそのとおりに反応していいものかどうかためらいがある人が多いと思います。
ずれはどこからくるのか。
アスペルガー症候群のように生理的に定型発達者と思考パターンが違う場合と、アダルトチルドレンのように自分の感覚を否定され、後天的に否認が働いている場合、また文化的な背景から外部の人は自分と違う基準で行動していると意識している場合があると思います。
いきなり抱きしめられたけどこのひと外人さんだからなの??みたいな。
生来の生理的な反応はもう変えようがないし変える必要もないのですが、自分の快・不快の感覚をストレートに信じられない、それを否定する要素が後天的なものなら元にもどさないと危ないぞ、と思います。
自分にとって快適というのを理屈で考えると、悲惨な状況にいながら「心頭滅却すれば」とか言って焼け死ぬこともあるんじゃないかと思うから。
よたよたあひるのことを語る
