壇蜜のブログが、地味に面白いこと。
それと、プロフィール写真が私にとっての壇蜜イチなので、今後、ちゃんと服を着ていってほしいなあ、と言うこと。
ブログの流れで見た、壇蜜がエロいポーズをしてる横で体の前で手を組んで(腕じゃなくて、手ね)やり手ばばあ風情で微笑む杉本彩、という構図の写真がもの凄く面白い絵でした。

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壇蜜のブログが、地味に面白いこと。
それと、プロフィール写真が私にとっての壇蜜イチなので、今後、ちゃんと服を着ていってほしいなあ、と言うこと。
ブログの流れで見た、壇蜜がエロいポーズをしてる横で体の前で手を組んで(腕じゃなくて、手ね)やり手ばばあ風情で微笑む杉本彩、という構図の写真がもの凄く面白い絵でした。
結論を忘れた(笑)
チケット、とれたよーー!
発売日ちけっと争奪戦に参加してみて、の感想。
去年の国別も、今年のJOも、基本的に余り物のチケットを延々悩み続けた、パターンだったので
初日に出かけていって(ここはべんりないんたーねっとですね)開始時間から参戦したのは初めてだったのだ。
正直、狙ってるのは平日2日だしそんなに大変な物かね?と思ったのだけど甘かった。
「有名人をデフォルメした若干気持ち悪い絵を表紙にしていた雑誌」を出していた所は、全然つながらなかった。全然つながらない上に、「人大杉」エラーを表示する画面のurlをみると、多分、その画面からのF5連打やリロードリロードも望…[全文を見る]
でも、ほぼないだろうけど、曲がり間違って、ってほどでもないけど、国別対抗、安藤さん出たらどうするよ?あっこさんは超絶スケジュールだし、浅田さん村上さん、かも知れないけれども、安藤さんはもしかしたら現役最後の年、とかいうてるわけだし、出てもおかしくない……あ、来年?
でも私、基本的にエキシビジョンはそれほどすき、ってもんでもないんだよなー。
うーん。照明が眠くなる。見事にこないだのJOは、あめこのとなりで一瞬寝た。
去年みたいに、せめてエキシに安藤でたりせんじゃろうか、で迷ってる。
映画版、八日目の蝉について、見た時に滔々とどこかに書いたか、語ったかしたような気がしたんだけども、どこにもなかった。
あの映画は良かった。些末な事がリアルだった。
井上真央の鎖骨も美しかった。
小池栄子の衣装は絶妙で、彼女に何があったのか、どんなトラウマを抱えているのか、一切語られないのに、その「何か」が手に取るようにわかった。反応が的確なのだ。
台詞や、演技と言うまでもない”反応”の。
森口瑤子(生みの母親)の壊れかたもリアルだった。雑然とした台所。
使えなかったり目を見張るほどは汚れてない。汚れてないけれど、物が散乱している。
本当は片付けて、生活を整えたいのに、出来ない。そこに見えるこの家の、彼女の、乱れ。
言葉や、展開ではなく、画面全体に情報が置かれていて、それが面白いようにはまっていた。
あと、主人公の相手役が劇団ひとりっていうのも。
どこかにかいたっけ。これ。
ついったでフォロワーさんが
「最後の恋―つまり、自分史上最高の恋。―」というアンソロジーについて呟いていた。新潮文庫。
書店で見かけて、割と好きな作家も書いていたので、気になっていたけど、購入を見合わせていたもの。
タイトルだけ見て、「海辺食堂の姉妹」が面白そうだな、とググったら
「この作者を全く知らない」と言う人が「三人称の使い方が上手くて驚いた」「非常に上手」と書いており、 萎えた。
いや、知らないのもいいし知らないからこその感想もいいとは思う。
だけど、感想のつもりなんだろうけど(「上手い」だの「下手」だの評するならもはや書評…[全文を見る]
このような言い方をすると、引き合いに出された方に失礼になると思うのだけど、最初に告白を読んだときの感想は「ラノベっぽいなー」だったんだよね。いや、ラノベは、面白いのもあるし、いい作品もありますよ。でも、ラノベとして売り出してない物がラノベっぽい、というのは、なんか、ちょっと、違うな、と思って、ねえ。
一応、書いておきますと、私、夜行観覧車を読んでいないので犯人は知りません。
ストーリーテラーとしての、湊なにがしさんって、面白いのかなあ……
告白読んだときは、確かに、すーっと読めたし、エンタメとしては面白いとは思ったんだけど
話自体が面白いかって言われたらそうでもない上に、ずーっと都合のいい台詞、とか都合のいい展開、が割と目立つんだよね。だからエンタメ小説としては面白い、んだとは思うんだけど。
ただ、告白は、映画が面白かったから、その評価も上乗せされてる感じもするし……なあ。
ああ、つっこみたい。今までの話考えたら、カップラーメンをあんな広々とした場所で食べるのは、なんで?こんな見栄っ張りな二人が、「こんな姿見せられない」とかいいながら、丘の上の公演的な場所で、なぜカップラーメンを……とおもったら、この高い場所から見下ろしてこの台詞、言わせたいだけなんだよねー……この人の話、こういう展開が多いんだよね……
「一番重要なのは亡くなった生徒のこと。(受験生は)生きてるだけで丸もうけ。またチャンスはある」
だって。言葉がない。
なんであなたに、そんな価値を決められなきゃならんのだ。
[顔しりとり]に、満を持してといった風情で高橋幸宏が登場し、これは気を引き締めていかねば行かん、と考えているうちに、大村こんねーーーオロナミンCねーー帽子と眼鏡だ?
私は、ついうっかり、ジョジョ系のが良い気がする、と探しに行ってたよ!
おはよう!
気温が低くて、発酵が進まなかったパン種。ここにきて(二次発酵)一気に発酵しちゃったんで、予定を変更して焼いてから寝ます……
実は19日、あ、バレエかあ、みたいかも、と思って公演を探したりしたのだけど、よくよく考えたら、19日は能を見に行くのであった。萬斎を見に行くのだった。
それでもう一つ、なにか公演を予約したのだけども、その日時が思い出せない。
何日だったっけ。私の、マームとジプシー。
どんな状況であれ、人を殴っていいとは思わない。
殴るときはそれをふまえた上で殴るのだ、と思う。
確かに、現実的に、何かを教える時にに殴らざる得ないとき、と言うのがあるかもしれない。
殴ってしまう事もあるかも。でもそこに、「愛があればいい」とか「信頼があればいい」とかジャッジするような事なのか、と思う。愛があっても信頼があっても、本当はダメ、なんじゃないのか。
そもそも、体罰、殴ったり蹴ったり叩いたりは、非常にショッキングな事で、そこに無理矢理「愛」を感じさせたり、信頼を感じさせたりする事も出来る、そう言う危険な物だってこと、どれくらいの人が自覚して「愛」だの「信頼」だの口にしてるんだろう。
DV被害者、大抵「愛」を語るじゃん。
あくまで、「禁止」だし「ダメ」なんだよ。
殴ったときの結果とか、愛を感じたとかどーでもいいの。
殴る愛とか殴るしごきとか、それが結果を出したのは、イレギュラーな事、であると考えるべきだし、そうじゃない方法をだがそうよ、っていうのが「体罰禁止」でしょ?
自分が体罰を受けて、愛を感じた、今でも記憶に残ってる、のはいい思い出でそりゃ良い事ですね、だけれども、そっから「愛があれば殴っていい」ってなるのはおかしいじゃん。あなたと、殴られる誰かは別の人間なんだから。