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鉄骨萌えのことを語る



金沢駅がいつの間にか鉄骨度高まってた

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ハイクを無視し続けるとどのように変化しますかのことを語る



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おはようのことを語る

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おやすみのことを語る


おやすみおやすみ

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ホリィ(新人)のことを語る

福光店でFacebookやってはった。多分一番上の看板のお店。
https://www.facebook.com/chuu.fukumitu/
動画もたくさん上がってる。Youtubeに力入れてる中華料理店なんてあるのね。

あのキャラクターは「チューマン」っていうらしい…。

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郵便ポストのことを語る


郵太郎

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この「チュー」はチェーン店だと知った時の驚き



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ながーいよのことを語る

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お楽しみの夕食はこちらで

廻るファミリーすし ポンポコ

とにかく安い!味噌汁いろいろありましたが、全て100円でした。

これはいくらだったかな?忘れたけど安かったです。
金沢は回転寿司にも有名店&行列店が多くて観光客が殺到してるみたいですが、ここは安い店なのに地物もあるし、自分にはここで十分という感じ。ほたるいか売り切れてたのが残念でしたが…。
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キチャッター!!!ちょっとずつ読んでます。将軍と戦国大名の関係については川岡先生なんかと比べると案外バランス取ったような説明で、ちょっと拍子抜けた感じも。でも信長や秀吉などよりよほど波瀾万丈な生涯というのは心底同意です。今僕の中では大河ドラマ候補ぶっちぎりの一位。

ついでにこれも買いました。絵も達者だし続きが楽しみな感じですが、結構のんびり進行なので打ち切りが心配かも(笑)
弓の名人で変態っぽい兄弟(寺田兄弟)が出てるんですが、彼等に殺された岸和田城主の松浦さんって、十河一存の実子で和泉松浦氏を継いだ松浦孫八郎のことですよね多分…幼子ともども射殺されてるんですが、なんか元ネタはあるのかな。
ちなみに原作は読んだことないです。

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メインストリート(?)は観光客向けなお店が並びますが、ちょっと集落の中に入ると寺や神社もあり、山の上には荻町城という城跡もあったみたいで、じっくり歩いたらまた違う印象だったと思います。


検索してみたところ、荻町城は飛騨の国人で白川郷一帯を支配した内ヶ島氏の支城だったようです。内ヶ島氏は天正13年の大地震の際に発生した山津波によって、本拠地の帰雲城で領民もろとも滅んだことで知られます。

国道沿いに立ってたやつ。
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白川郷の合掌集落に来たのは一応三度目ですが、一度目は夜中に通過したのみ、二度目はJK時代に出張の時に食事に寄っただけだったので、ほとんど初めてみたいなもの。

もう日没前でお店も閉まりかけみたいな雰囲気でしたが、なんとなく想像通り(良くも悪くも)という感じの町並み。


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こっから色々寄りつつお昼過ぎて、今回は諦めたかと思ってた五箇山&白川郷やっぱり行ってみたいとかみさん希望につき…
国道をグワーっと走りましたよ。富山と岐阜の県境がやたら連続してて、カーナビが忙しそうに反応してるのが可笑しかったです。

五箇山の上梨地区というところから。

せっかく来たならじっくり歩きたいところですが、白川郷に付く前に日が暮れてしまいそうなので次の機会に…。

一応、上梨では豆乳ソフトクリームを食べました。(こういうのには目ざとい)
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加賀橋立は過ぎ去り積み重ねられてきた歴史を実感できる素敵な町並みでした。
たまたま手に取ったパンフレットを見て寄ってみたんですが、来て良かったです。


こういった外壁が目立ちますが、これは舟板をリサイクルして張っていたそうです。

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翌日は朝から加賀橋立に立ち寄りました。ここは江戸時代後期から明治にかけて北前船の船主や船頭が大勢居住したという集落です。
明治5年の「橋立の大火」で集落の大部分を焼失した時にもその財力でいち早く立ち直ったそうで、鉄道の発達とともに北前船が廃れていくと、金融業や北洋漁業など新たな事業を手掛けて多くが移住していったため、当時の屋敷や石垣が多く残されているとのこと。


江戸時代には藩主の浜御殿と称されて大聖寺藩主が訪れたという、久保彦兵衛の邸宅跡にて。彦兵衛は藩への財政協力を認められて久保の姓を許され、士分に取り立てられたそうです。

こ…[全文を見る]

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Papathana's ブログ
明応軍乱編⑬阿州参陣
http://papathana.cocolog-nifty.com/papaneta/2016/04/post-ae55.html
明応軍乱編⑲永正の錯乱
http://papathana.cocolog-nifty.com/papaneta/2016/05/post-4feb.html

こちらの一連の記事を読んで考えていたことでもありますが、それまで上原賢家・元秀父子や赤沢宗益といった新参者を重用してきた政元が、後継者を澄之から澄元に変えて阿波細川家を中心とした体制に切り替えようとした段階で、これに反発した澄之方内衆によって殺害されたために、高国はその揺り戻しとして、譜代内衆の中から特に代々の丹波守護代を務めた家…[全文を見る]

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特別展「一乗谷 戦国城下町の栄華」の図録も買ったので読んでます。


こちらは朝倉氏遺跡資料館で見た歴博甲本「洛中洛外図屏風」復元映像の解説ですが、個人的に興味深い説明がありました。
大永6年頃の将軍足利義晴と管領細川高国の京都を描いたもので、左隻2扇中下の「てんきう」(細川典厩邸)の下に描かれているのが丹波守護代の内藤邸だそうですが、足利義輝在京期の永禄年間頃を描いた上杉本(後に上洛した信長が謙信に贈ったことで有名なやつ)では、ここが三好長慶の邸宅になっているという話です。
当時はここに内藤国貞が住んでいたものと思われますが、後年そ…[全文を見る]

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