お話しするにはログインしてください。
自分(id:dadako)のことを語る
自分(id:dadako)のことを語る
自分(id:dadako)のことを語る
大塚美術館は、つい数週間前にイタ語で聞いたところだわ。近況報告で、行ってきたって。
自分(id:dadako)のことを語る
足立美術館の話を聞いてると、江戸川乱歩が頭に浮かんでくるわー。なんか似てそうな気がする。
自分(id:dadako)のことを語る
ちなみにおしりふきとしては、ほぼ使ってません。なぜなら、トイレに流せないタイプだから。
自分(id:dadako)のことを語る
昨日の夜はバックトゥーザフューチャーをつけっぱにして全部つけとくつもりでなかったのにけっきょくそうなって、
今日はダイハードか(笑)
もう数えきれないほど見てるから、あれこれ他のことしながらで、じっと見続けてはないけど、ちらちら見ては「あーここか」「あーあのシーンは終わったとこか」などとにやにやしてる。
自分(id:dadako)のことを語る
使うのは介護者だけでなく本人も使うので、開けやすい蓋で広口で中身つまみやすくて、妙にかわいすぎなくて、かつ手頃な値段のケースがほしい……
うちはおしりふきって入ってる大判のウェットティッシュを、リハパンのおまけでもらってて、それをうまく使いたいというのがあって、だからサイズは変えられないんよね。
おまけだから贅沢いうなと言われそうだけどさ。
自分(id:dadako)のことを語る
おしりふきって商品名はわかりやすいんかもしれんが、わかりやすいがゆえに色々誤解が生じるんで(特に老人相手の介護でおしりふくためだけに使うわけじゃない時)、もうちょっとどうにかしてくれんか。
mi sento malissimo oggi...
ダウントン・アビーのことを語る
アンナとヒューズさんがベイツに言わなきゃいかんかったことは、「あなたが犯人に何をするか、そこが信用できない、わたしはあなたにまた牢に入ってほしくない、だから言えなかった」ってことじゃなかったんかなー
自分(id:dadako)のことを語る
正直、小説・マンガ→映像化って話を聞くいた時って、わたしの場合はキャスティングよりどのエピソードがどうなるのか、のほうが気になるし、妄想するし、見終わってもそれが続く口なので、そういう意味で気になるところではある。
自分(id:dadako)のことを語る
見えてる先生というか、そこに生徒の目を向けさせることができる先生、か。
順位と勝敗だけで把握、は、一番幼稚。
自分(id:dadako)のことを語る
順位自体よりもむしろシーズンベストの更新のほうが選手の満足度に影響してる(らしい)のが、見えるか見えないか、というとこ。
たぶんそこが見えてる先生につけるかどうかが分かれ目。
強くなるかどうか勝てるかどうかではなく、好きになり楽しめるかどうかの。
自分(id:dadako)のことを語る
ここ主観と客観で言い分ける、というのは他にもあって、暑さ寒さも、名詞としては「暑さ」「寒さ」なんだけど、使う動詞で客観的判断を言ってるのか主観的判断を言ってるのかわかる。
自分(id:dadako)のことを語る
公立学校で実技教科の目的をどこにおくか、というところに、教育とか生活とかをどういうものと考えてるのか、がよく出てくるんかもしんない。
自分(id:dadako)のことを語る
【体育】
実際、そのフィンランドの校長が言ってたとおり、順位等で人と比較してできないから体育嫌いになるのはほんとによくあるパターンだし(わたしだ)、日本の校長が言ってるとおり努力で報われる系の話なら、順位の上下推移での比較ではなく、個々のタイムの記録推移でのほうが効果的なはずなのよ。かなり手がかかるだろうけど。順位の比較だと、むしろ努力は報われにくいってほうに向かいがちだと思うけどね。順位は他人と運しだいでもあるから。
自分(id:dadako)のことを語る
qualche volta penso che sono una persona sola.
物理的な数とか関係ないのよね。というか、物理的には多いときのほうかそう感じることは多いのよね。
自分(id:dadako)のことを語る
una sola persona(一人の人)
una persona sola(孤独な人)
イタ語では、名詞に対して置かれる位置で意味が変わる形容詞がある。
un vecchio amico(古い友だち)
un amico vecchio(年よりの友だち)
原則は、名詞の前に置かれたら主観的判断、後なら客観的。数詞等、一部は除く。
自分(id:dadako)のことを語る
ちなみに(?)、『アポロ13』で一番好きなエピソードは、「丸に四角を接いでくれ」ってやつ、空気フィルターの。テーブルにすべての材料と道具がのってて、それにみんながいっせいに手を伸ばす、あのシーンが全シーンで一番好き。
自分(id:dadako)のことを語る
昨日だか一昨日だか、テレビ番組で小学校の視察にきたフィンランド(とアメリカ)の先生が、日本の小学校の毎日の掃除の様子とマラソン大会の順位づけとにドン引きしてた。
見てたわたしも、日本の小学校の校長先生のしてる説明が、いちいちあまりにも精神修養的なもんだったのでドン引きした。
体育という教科の目的は、おそらくフィンランドは個人の健康を維持するために運動の楽しさを知る、なのだけど、日本のは、努力したら向上できるということを実感させるため。少なくともこの校長の説明をまとめると、そう聞こえる。
掃除も、「自分が使ったところは自分できれいにす…[全文を見る]
自分(id:dadako)のことを語る
頭のすごくよい人たちがそれを応用して望みをつないで生き延びようと努力し続ける、って、ボーンズの墓掘人エピソードか……
でもそういう局面で一番大切なのは、生き延びる意思と信じる心だけどね。もちろん知識と技術はあればあるほど助かるけれど、それはあくまでサポートでしかない。



