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Tips:「話題」は“北海道/札幌/中央区”の様にスラッシュ(/)区切りで下位の話題を作り、重層化することができる。
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遍愛日記のことを語る

3月22日
26
 
 
 それは。
 顔をあげると、目があった。
 目を逸らさないでいられてよかったと、感じた。浅倉くんは怯えた様子も、居丈高な様子もなくて、ほんとにただ、自分では解決できない大きな疑問を抱えているように見えた。私のことを、私が何を言い出すのか、何を考えているのか、感じているのか、とにもかくにも知りたいという顔をしていた。
 待てと言ったあとの犬みたいな、というとこれはひどく失礼にあたるんだろうけど、でも、こちらから一瞬たりとも気を抜かないっていう姿勢は、あれに似ている。それ以外、あんなに凄いものを他には知らない。
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3月22日
25
 
 
 昔から鏡を見るのが好きじゃない。美しく生まれればそんなふうに思わなかっただろうかと考えることもある。
 中学生ぐらいから、学校の女子トイレは嫌いな場所のひとつだった。いわゆる連れションというのが苦手で、順番に鏡の前に占拠する女の子たちの輪にすっと入れない自分がいた。髪を梳かし、リップを塗る、同じ制服をきた女の子たちに混ざれない。鏡のなかの彼女自身を見つめる視線の熱が、ふだん私が知っているはずの友人たちを別のものに見せていた。
 鏡だけでなく、嫌なものは他にもあった。とくに密閉された場所で行われる噂話の類を…[全文を見る]

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遍愛日記のことを語る

3月22日
24
 
 
 不穏なことを口にするので呆れながら、そういうのはやめたほうがいいと思うよ、と真面目にこたえた。すると彼はなぜかうれしそうに笑う。
「姫香ちゃんがそういうならやめる。ねえほんと、来てくれると助かるんだけど。是非とも力になってほしいな」
 この声で言うか。ひとタラシだなあと思いつつ、私は髪を直すようなつもりで頭を揺すって背筋をのばして口にした。
「とりあえず、後ほどよく話を聞かせてもらいたいです」
「ありがとう。即座に断られなかっただけラッキーだって思うし、そう言っとくよ」
「浅倉くんに代わろうか」
「いや、いい…[全文を見る]

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3月22日
23
 
 
「私は特になんにもしなかったよ。あの前の年に施設管理局員だった龍村くんと夏季留学中に仲良くなって、あれはなんかオカシイよねって話して、じゃあヤルかって言っただけ。どうやってやるかは戦略家の彼が練ってくれたし、浅倉くんもよくやってくれて、おまけに編集局の来須ちゃんがクノイチみたいに各部の情報収集してくれたから」
 くのいちのところで、浅倉くんが派手に噎せて胸をたたいた。さっきのお返しじゃないけど、私はお水をもらってあげた。
「センパイ、クノイチはおかしすぎるって」
「でも、施設管理局員じゃなかったから本音を聞き…[全文を見る]

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3月22日
22
 
 
「父はすごくわかりやすいの。父に友人を紹介したなかでも、来須ちゃんはトップ待遇だもの。お昼とはいえフレンチのコースでお土産付で、仕事でもらったクラッシックコンサートのチケットも、彼女と一緒に行きなさいって言われたしね」
 まさか両親に、酔っ払ってみんなで雑魚寝しているとは言えず、お泊りは必ず来須ちゃんの家だとウソをついていた。
「私も知的な美人は大好きだから、父と私ってすごく似てるのよ」
「センパイってファザコン?」
「父が好きだという意味じゃなくて、同類嫌悪で同病相哀れむなら、その通り」
 家の事は母に任せっ…[全文を見る]

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遍愛日記のことを語る

3月22日
21
 
 
 間髪入れず? 少しは間をとろうよ、ねえ。
 ふう……。
 だから、イヤなんだよ。ミズキさんの顔を思い出す。あの、薄い唇を噛みしめて、表情をとりつくろうとする顔を。
 半分になったジョッキ。テーブルの木目。陶器でできた桜の箸置き。膝のうえに置いた焦げ茶色のナプキン。自分の視線が定まっていないことに呆れていた。やだやだ。
「センパイ?」
 のぞきこまれそうになって身体をひいた。その瞬間、女物かと思われるような甘ったるいトワレが香る。この落差、微妙なラインだ。うっかりすると親しみのある分、距離が曖昧になる。誰だこれを…[全文を見る]

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3月22日
20
 
 
 雑居ビルの五階、スロージャズがかかる創作和風料理店。浅倉くんとなら、ハードロックカフェでTVを見ながら油物を平らげて締めはアップルパイというノリのほうがそれらしいと思うのに、そうはならない。もちろんデート仕様のレストランみたいなとこに連れてこられても困る。
「少しの間、手伝ってたとこなんすけど」
 カップルに見えたらしく受付のお姉さんに朗らかにビューシートに案内されてしまった。こういう半密室みたいなところに押し込められたくなかったのだが、しょうがない。
 ガラスに仕切られた坪庭風スペースの上は吹き抜けになっ…[全文を見る]

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3月22日
19
 
 
 「うん。そうなんだけど……」
 自分でも、なにをどう訊いたらいいのか、わからなくなった。浅倉くんは女の子みたいに気もつくし、それでいて神経質なタイプじゃないから共同生活に向いている。ミズキさんがなんで彼と一緒に住んでいるのかは、福利厚生という理由のほかに下心があるせいだろうかなどと、そういうことをここで詮索するのは下種にすぎるという自覚もある。というか、そもそも、私はふたりの関係を今さら問い質したいのか?
 たぶん、これまた臆病で卑怯な考え方だけど、浅倉くんがほんとのところ、ミズキさんをどう思っているのかち…[全文を見る]

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3月22日
18
 
 
 並木通りを歩いていると、地図を開いて立ち止まる金髪碧眼のバックパッカー三人と目が合ってしまった。
 私の特技は、日本にいようが海外にいようが関係なく、ひとに何かを尋ねられることだ。年齢も人種も言語も飛び越えた、人類に共通する普遍的な「話しかけやすさ」というのが備わっているらしい。
 さて、新橋のホテルに行くのに有楽町駅へ案内してお役御免とするか、いかにも歩きそうなひとたちなので道順を示すべきか悩む。差し出された地図をのぞきこんだところで後ろから、スーツ姿の男のひとに腕をとられた。ぎょっとして顔をあげると浅…[全文を見る]

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3月18日
17
 
 
 その後、三十分くらいしてミズキさんから電話があった。
 いつもの調子で、姫香ちゃん、自分でばらしちゃったんだって、ときた。腹が立ったがその通りだ。口惜しいことこの上ない。
「だって」
 色々と言いたいことがあるものの、私がムカムカしながら口にしたのはずいぶんと甘ったれた単語だった。ミズキさんは電話のむこうで明らかに笑ったようだ。声が、やわらかくなった。
「ごめんね。きゅうに頼まれちゃって。あれだけ電話するって言ってしないのも悪いから、浅倉に僕のケータイからかけてもらったんだよね」
 説明はもういいよ。
 むっ…[全文を見る]

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3月18日
16
 
 
 そんなわけで、目が覚めたら午後の四時。母から留守電がはいったのも気がつかなかったくらい、眠りこけていた。とりあえず母の携帯電話にメールをうち、トイレにいって、冷蔵庫から花粉症に効くという作りおきの健康茶を飲んで椅子にすわりファッション雑誌を数頁めくっただけでまた眠くなり、ペットボトルにいれかえたお茶をもって這うようにしてベッドに戻る。
 脊椎動物にあるまじき、背骨がなくなるようなだるさには覚えがあった。でも、いまは何も考えたくない。
 その後、小刻みに目をさましながら、とにかく十一時には目を覚ましていない…[全文を見る]

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3月17日
15
 
 
 こ、ここで愛の告白をされてもっ。
 のけぞりそうになった私を見て、彼は楽しげに微笑んだ。
「計算高いとことか」
 それを耳にしたとたん思わず。
「計算してるの? あれが? アレで?」
「してるでしょう。ばりばり計算してるよ」
「仕事はそうだろうけど」
「仕事以外も計算入ってるよ。浅倉の実家のお店、義理のお兄さんが社長になってるせいか札幌にずっと帰ってないし」
 それは私の区別ではプライヴェートとはいえ「仕事」の範疇のことだけど、でも、そうなのか。知らなかった。彼、あんまり自分のこと、話さないんだよな。
 そうこう…[全文を見る]

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3月17日
14
 
 
 いかにも用意されていたことばに聞こえた。要するに私をからかいたいのだ。そう感じても腹を立てないようにしようと気をつけながら、踊らされてなるものかと反撥心を煽られて困った。そういう心の動きごと見透かされていることが心地よくて、不埒な自分を叱咤した。すると、ミズキさんがうつむいて口にした。
「まあでも、しいて言えば顔が好きかな。決してハンサムって言われないだろうけど」
 セクシーじゃない? と問われて首をかしげる。
 ただし、絵描きの目で観察すれば理解できた。
「パーツはわりに整ってるのに、あの縦に細い浅黒い顔…[全文を見る]

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3月17日
13
 
 
 私は湯気のぬくみを鼻先に感じる楽しみを放棄して首を横にふった。
「知らない。女のくせに生意気だって思ってただけでしょ。それに、もしそうだとしても、どうでもいいかな」
「どうでもいい?」
「だって私、事実として忘れてたし」
「冷たいね」
 ぴしりと、詰るというほどの棘はなく、ミズキさんの声が頬に触れた。せっかく甘くて美味しいものを飲んでいた雰囲気がなくなったことに、そのことのほうに苛立ちがあった。相手の過失とはいえ、そして私自身が愚かだとは認めても、怪我をさせられた被害者の自分が責められるいわれはない。そういう…[全文を見る]

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3月17日
12
 
 
「どこから」
 やわらかな声だった。でも、それはとても強い問いかけだった。
「小学校の旧校舎の立替途中現場。足場を組んだとこから、落っこちたの」
「それってどう考えても立ち入り禁止じゃないの?」
「でも、子供って入っちゃダメなところに行きたがるものでしょ? それにその頃、高いところから飛び降りるのが勇気の証明みたいに思われてて」
「で、失敗したの?」
「まさか」
 心外だとばかりに顎をそらした。
 思えば、ちょっとした根性試しだった。だいたい、男の子にきゃあきゃあ言わせられるのが性にあわない。第二次性徴前だもの、…[全文を見る]

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3月17日
11


「ただの肋間神経痛。じっとしてればなおるから。前にも、なったことある」
 一息に、安心させるために言い切った。
「動かしても、だいじょうぶ?」
 うなずくと同時に、その右手が私の背中にまわった。ここじゃ寒いからと、居間に逆戻り。歩くと振動が伝わるのが辛いけど、彼はそのへんもよくわかっていたみたいで、抱き支えてそろそろと歩いてくれた。ソファに座らせられて、ジャケットをかけられた。ミズキさんは待ってて、と言い残してとなりの部屋から毛布を二枚も運んできた。それから暖房をつけて、毛布にくるまった私の横に腰をおろした。
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3月17日
10
 
 
 「なにそれ」
 むっとして声を尖らせると、さらりと言い返される。
「姫香ちゃんはどうせ泣かない」
 さっき二度も目の前で泣いたのに、そう言われた。嘘泣きじゃないのは知っているはずなのに。
「それより君、ほんとに帰る? なら送っていくから」
 声の調子を変えて、首をかしげられた。
「うん。ありがとう」
「じゃあ、居間で待ってて」
 横をすりぬけて、ミズキさんが台所を出て行った。二階へあがる足音を聞きながらどこかでほっとしていた。
 ところが、コートを抱えておりてくるはずの彼の足音がそのまま玄関へむかう。あわててコタ…[全文を見る]

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遍愛日記のことを語る

3月17日



 彼は難詰するような調子で眉根をよせた。
「相談に乗ってくれるんじゃなかったの? 離婚しそうな女のひとなんだよ」
 いつ、そういう話しになったんだ。
「でも、私そのひとのことよく知らないし」
「だからこれから話すよ」
 そうきたか。どうしてもひとりになりたくないんだな。参った。我が儘をごねるお姫様のようじゃないか。
 この今も、思いつめたような顔で見おろしてくる。それはついうっかり、わかった、何でもするよ、と言いたくなるほどの強制力をもつ。このひと絶対、私が断れないってわかってるんだろうな。そう思うとさすがに腹立た…[全文を見る]

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遍愛日記のことを語る

3月17日



おそるおそる膝をおこすと同時に足の間の違和感に身震いした。濡れてるような、乾いてざらっとしたような。うそ。だって、うそ? こないだきたばっかりなのに。やだ。
 生成りの座布団を汚してないか確かめて、あわてておトイレに走ろうとして足をとめ、カバンを手にした。なかを探ってストライプ柄の青いポーチを取り出した。厚みがある。だいじょうぶ。とりあえず急場はしのげる。
 ああああああ。やんなっちゃうなああ。
 おトイレで薄赤い染みを見て、そのとたん、気分が鬱々としてきた。がっくりとうなだれて、イナックスの淡いブルーの洒落た…[全文を見る]

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遍愛日記のことを語る

3月17日

 
 
 「それ、なにかの隠ぺい工作?」
「なんでそういうこと言うの」
 不審そうな、または怒りだしそうな気配が仄見えた。私はなんて失言の多いひとなんだろうと反省し、ごめんなさい、と頭をさげて謝罪した。彼はとくに気を悪くしたふうでもなく、謝ってもらわなくてもいいよ、と口にした。
 ゲイだってばれないようにするとか、結婚しろとのご親戚の圧力とか、いろいろなことが頭を駆け巡ったけれど、けっきょく何も言えなかった。彼が、そのことをオープンにしていないと知っていた。それに、そういう思考パターン自体が構えのある、変に気をつかった…[全文を見る]