主張する手段には確かに相当の違和感があるのだけれど、一方で疑問を感じない側の「みんなこれでうまくやってるんだから空気嫁」みたいな反応にも与したくはないなあ、という感想。
「いいんじゃない? それは彼らの権利だから」
羊たちの沈黙の犯人が同性愛者だという設定に反対してデモしてた人たちについて、ジョディ・フォスターはこんな言い方をしていたような。
/反婚を語るのに
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主張する手段には確かに相当の違和感があるのだけれど、一方で疑問を感じない側の「みんなこれでうまくやってるんだから空気嫁」みたいな反応にも与したくはないなあ、という感想。
「いいんじゃない? それは彼らの権利だから」
羊たちの沈黙の犯人が同性愛者だという設定に反対してデモしてた人たちについて、ジョディ・フォスターはこんな言い方をしていたような。
ああいう行動の目的が
「結婚制度に反対するワタシらを理解して欲しい」なら、
反感買ってるばかりだから失敗してるんだと思うのですが、
「ただ物議を醸すことができりゃいい」みたいな目的だとすると、
俺ら立派に 釣 ら れ て ま す ってことになるんじゃないかなーと思ったのです。
…個人的にはあんまり好きなやり口じゃないんですけどねえ…ヤな感じです。
なんだか馬鹿馬鹿しい話だと思うけど、
どれも同じ一つの選択なのに、なぜ自分達のだけ祝福されないのだ!って叫びだと考えたら、方向性が理解できた気がする。
まぁそらあんた、「何かを共有するよ、つなげていくよ」って宣言が祝福されて「孤立するよ、自分で終わりにするよ」ってのが祝福されないのは当たり前だろうに。
子供を作れないなら、アートかコミュニケーションか教育の仕事なり趣味なりすればよろしい。
肉体の遺伝子より、精神の遺伝子の方が何万倍も尊いのだから。
で、この議題、始まりはどちらで?
ていうかこれって、
件の団体に俺も含めてみんなまんまと釣られてるだけな気が…