なるほど、検索してみたら「浦上正任」という名前に当たりました。http://www.geocities.jp/kings_okayama/sison.htm
天神山記の浦上宗景の顛末もその辺から来てるんでしょうか。
で尚更、黒田家は九州に移ったけど播磨との地縁を大切にしたってところをアピールした方が良いと思うんですよね。そのためにもちゃんと播磨時代を描いて欲しいと。
有馬記念の話は聞いたことがありました。そもそも久留米有馬氏も赤松庶流ですが、途中で石野氏から養子に入ってたんですね。
/ホリィ(新人)
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なるほど、検索してみたら「浦上正任」という名前に当たりました。http://www.geocities.jp/kings_okayama/sison.htm
天神山記の浦上宗景の顛末もその辺から来てるんでしょうか。
で尚更、黒田家は九州に移ったけど播磨との地縁を大切にしたってところをアピールした方が良いと思うんですよね。そのためにもちゃんと播磨時代を描いて欲しいと。
有馬記念の話は聞いたことがありました。そもそも久留米有馬氏も赤松庶流ですが、途中で石野氏から養子に入ってたんですね。
( ´-`)。o 0(…足でテンキー打てるようになれば無敵…)
逆に『官兵衛』でそれやらんでどうするの!っていう部分がスルーされてたり、中央との関係が単純化されすぎてて意義が薄れてたり、色々ともったいない。
やっぱり赤松惣領家をちゃんと出して、別所、小寺、龍野赤松、浦上の関係だけでもじっくり描いて欲しかったな。
宇喜多直家をいきなりここで出すとか、単純化してるつもりかもしれないけど、むしろ視聴者の事前知識に頼ってるだけなんじゃないのって思うわけです。
事前知識に頼るなら、むしろ官兵衛の信長への憧れみたいなのこそ描く必要なかったんじゃないのと。
そもそも播磨の戦国史の哀しさを理解してない、織豊中心史観に染まってるとしか思えない人が官兵衛でドラマ作るってのがもう、素材の無駄遣いとしか…。
軍師官兵衛
木津川口の戦いと英賀合戦が前後関係入れ替わってますが、黒田家譜で天正4年のことになってるのでそちらに合わせたのだと思います。
そのおかげで英賀門徒と仲直りして…♡な展開もやりやすくなったってことかもしれません。でもそういう展開にするなら、別に英賀に妹(姉)嫁がせてても問題なかったんじゃね?って気が…。
秀吉の夫婦喧嘩といい、史実ネタの使いどころがどうもずれてる印象。それ『官兵衛』でやらなくてもいいんじゃね?っていう。
最後の方はフラフラの頭で書いてて、今日読み返したら訳が分からないところもあったのでちょっと修正しました。あと次回に合わせて改題。
あれこれと秀吉をdisってるように思われそうですが、むしろ今なお現代の価値観で「庶民の味方」一辺倒な秀吉を描こうとする大河ドラマの、歴史への不誠実な姿勢をdisっているつもり。
たとえドラマとはいえ、自分の見せたいものだけを描くために、不都合なものを全て覆い隠すような手法には賛同できません。
『風林火山』では佐久攻めにおける晒し首や殺戮から逃げずにドラマのストーリーに組み込んでいましたが、『軍師官兵衛』ではどうでしょうか。
それは、なんだか斜め上の方向にひねってますね(汗)
それにしても、赤松政秀が視聴者を置き去りにして消えたことといい、突然毛利方として登場する直家といい、絡み方に繋がりがないというか、狙いがよく分からない脚本ですね…。
ブログ更新しました(手動通知)
上月城の戦い(前編)
http://amago.hatenablog.com/entry/2014/03/08/044556

なんかブログの通知仕様変わった…?Opera12使ってるせい?
小寺政職、過去の信長の野望シリーズでは多少「知略」とか「知謀」が低めとはいえ、黒田職隆や赤松政秀にも負けず劣らずの評価だったようですが、次の作品でガクーンと下げられちゃいそうな気が…。
http://hima.que.ne.jp/files/2014/kurokan/season01.shtml
一番見慣れてるのは『蒼天録』ですが、『天下創世』からはまた3人ともガラッと変わって凛々しくなってたんですねえ。これもなんかマヌケ顔にされそう(笑)
信長の野望やも三国志って結構大河ドラマとかマンガの影響受けてますよね、能力だけでなく顔グラフィックも。
大河ドラマ武田信玄(中井貴一のやつ)で今まであのいかつい旧肖像画っぽかったのが兜被った凛々しい青年風になったり、蒼天航路が出た後で荀彧がいきなりサル顔になった時は笑いました。あんな顔で葬式の弔問に寄越したら噴くっつーの…。
「天下分け目のライダー合戦」なんか、じわじわくるなこれ…
大門先生の大河ドラマ『軍師官兵衛』批評
http://blog.livedoor.jp/rekishireal/archives/37445948.html
それにしても、上洛した政職は信長に挨拶をするのだが、どもってしまって、しどろもどろだ。あまりにひどすぎる。政職をバカにするのは、ほどほどにしてほしいものだ。姫路市民も官兵衛だけでなく、小寺氏も応援して欲しい! 政職はバカじゃないんだよ。おいらはよく知っているんだ!
古代からの景勝地だったという名次山あたりもぶらついてきました。
周辺は高級住宅街っぽくて高い壁で監視カメラ付いたような家が並んでて、カメラ持ってチャリでウロウロしてると落ち着けなくて困ります。なんか警備員っぽい人が体操しながらこっち見てたし。オイラ怪しいもんじゃないよ…



…[全文を見る]
http://h.hatena.ne.jp/dai6tenmaow/81791112211399933
こういうスタンスの歴史雑誌を読んでみたいけど、歴史だと「アタマから信じている読者」が多くなってしまうのが難しいところなのかなぁ、とか
そういや「歴史人」のブログで大門先生が小和田先生の記事の内容を否定するような記事を書いてて面白かったなぁ、と思ってサイト見てみたら面白い記事が。
長谷川ヨシテルの最弱の城 ~お願いだから攻めないで~ 第1回「明石城」
http://www.rekishijin.jp/rekishijinblog/kjsadkjsaklj7498/
http://www.tachibana-museum.jp/blog/?p=2671
柳川でふと思い出して「立花家史料館」で検索してみたら、公式ブログが変なノリで噴いた
立派な青年に成長し戦乱の世に身を投じた主人公はひょんなことから仮面ライダーソーモに変身してしまう。
二人の父を失いながらも、ソーモとして活躍を続ける主人公。
やがて権力者に認められ、大きな町を統治する立場となったが天下分け目のライダー合戦に負け、町を追われてしまう。
流浪の日々を送る主人公に、果たして明るい未来はくるのか。
回…[全文を見る]
以前から疑問がひとつあって、赤松政村と尼子詮久の双方が足利義晴から偏諱を授かった件なんですが。
赤松政村はもとより晴元方で、晴政への改名は天文8年11月で堺亡命中?に播磨回復を願って幕府に働きかけたものとの説明に納得できますが、晴久の改名も天文10年10月ということなので、尼子氏が高国→氏綱方だったという説には合わないような?
赤松義祐と尼子義久については年齢的に天文末期頃から弘治年間のことだと思いますが、こちらも双方が足利義輝から授かったはずなので?
三好政権との関係の変化もちゃんと把握してないのでまだ判断できませんが…。
シルエットというか想像図みたいな感じになってましたね。天狗って(笑)
三好康長って元長の弟なんですよね、70から80代くらいでしょうか。この段階での登場がどんな扱いになるのか、楽しみです。
日曜はちょろっと西宮まで越水城跡を見に行ってました。


石碑は大社小学校の前に立ってますが、案内板によれば当時の広さは南北200m、東西100mとなかなかの規模だったようです。今も町名に「城山」が残ってます。
「越水」は「小清水」の当て字で、今も湧き水が出ている越水井戸があるそうです。
主な城主は細川高国方で活躍した瓦林正頼、晴元政権期に三好長慶、三好政権期に篠原長房など。
瓦林正頼が澄元方の大軍を迎えた永正16年末から17年2月にかけての攻城が有名ですが、長房も父・大和守長政の代から城番していたようで、天文2年9月にも瓦林衆と一向一揆が三好方篠原衆を討ち取ったという記録があります。

大社小学校の「大社」は廣田神社のことかな。ここからは結構離れてますが、旧学校は北東100mのところにあったそうで。
また波がきていたらしい

Yahoo検索から76%、Googleから6%、「戦え!官兵衛くん。」から3%。
検索キーワードは変わらず「小寺政職」「播磨」「戦国時代」「勢力図」の複合に加えて「赤松氏」が単独で4%。ちょっと嬉しい。
ドラマに惣領家の名前が一切出てこなくても、ちゃんと興味を持つ人はいるってことかな。
アクセス先は「大河ドラマ『軍師官兵衛』以前の播磨の戦国時代あらすじ(ほぼ赤松氏の話)」が圧倒的で70%、次が「「三木合戦絵図」絵解き - 三木合戦と天正年間の播磨国の情勢」で10%。
ドラマは次回英賀合戦、その次あたりに上月合戦がくるんでしょうか?今週末の記事UP目指して頑張ろう…。