[死にたいっていうときの気持ち]
これもツイッターで流れてきたけど
「『死にたい』っていうのは違うだろ、
『好きな時間に寝起きして、好きなことだけして生きていたい』 の間違いだろ」
という とても的を得た言葉があって
ワタシの言う「死にたい」の内訳って つまりこういうことなんだよねって納得した
「めんどくさーい」「やりたくなーい」って言うことに すごく禁止がかかっていて
(なぜって そんなこと言った所で 避けられるものじゃないし
「でもやらなきゃ」「みんな同じ気持ちでやってるよ」って言うだけのことだって
わかってるから)
「めんどうなんていっちゃダメ! やりたくないなんていっちゃダメ! つらい顔見せちゃダメ!」がエスカレートして
より物騒で、ひとの興味を引き付けられそうな、「死にたい」に言い換えてるだけです
かまってほしいです
[昨日の夢]
父が油の中に手をつっこんで、天ぷらを揚げているのを見てエエエッってびびった
めぐりめぐって、夜中まで電気を使わない社会→原発いらないって堂々とつきつけられる社会、になるんじゃないの
諦められる便利を諦める社会、昔は当たり前だったことに
ちょっと巻き戻せば 寝ずに働く人の少ない、ゆったりした時間が戻ってくるんじゃないの?
逃げるのと死ぬの、どっちがいいかな
どっちが、ワタシの近い人は喜んでくれる?
[電波オデッセイ]
私も この世の旅を終えて 体の乗り物を置いて帰るときに
描いたものがよかったよって言ってもらえた、うれしかった気持ちを、
「おみやげ」として持って行こうーって思う
あちらへはカタチのあるものは持っていけなくて、
キモチひとつぶんだけ持っていけるそうなので…
[電波オデッセイ]
1巻でスミ子が 文集に書いたものをキタモリにほめられて
「なんか自分で自分を『いいもの』みたく思えたかんじを 思い出して そうしてまた 生きてったりするのかな」
って、ぎゅうっと思うのわかる
そういう感じを「おみやげ」にして あちらの世界に持っていこう