でも世の中には逆の発想で、おかずにされるかもしれないから語るべきではないという人もいるよね。
他人が性的な刺激を覚えることにどこまでも責任を持てという発想。
それがどんどん進むと強姦されるような服装をしている側にも罪があるとか、レイプ被害者も罰せられるべきになるんだろうな。
ダイヤリのアクセスログ見ると、最初の頃いたずらされたこと書いたエントリにアクセス集中してて、
たぶん半分以上おかず目的で読んでハアハアしてるんだべなと思った。
うちのブログの検索ワードは「レイプ 感じる」というのがものすごく多い。
レイプ被害者はセブンティーンのレイプ体験読んで癒されてるんじゃ的な話する人いるけどさ、
わたしは自分みたいな子が出てくるポルノに何ら癒されなかったけどね。
だってポルノじゃん。ポルノにされる程度だったんですよ、ってことじゃん。
ちょっとハードで衝撃的な性体験っていう扱いじゃん。
えー、じゃあこんなに長期間悩んでたりしちゃ言い訳なのかなとか、
逆にふつうに生きてるようじゃ傷ついてると言えないのかなとか
忌々しく頭の混乱が増しただけだよ。トリィ・ヘイデンの本読んでるのとぜんぜん違ったよ。
家の中で両親がセックスをしているかどうかではなく、それをどう思っているかは子どもに影響する。
それはポルノに触れる機会が多い少ないよりずっと大きな影響がある。
ポルノやセックスや性欲をどう解釈するかに影響するからだ。
いけないことだから感じるというのは、そういうところからくるのだと思う。
家族の間にもプライバシーはある。排泄は健全な生理的反応だけれど、ふつうトイレにドアは付ける。
見せる必要はないし、ふつうは見たくない。でも極端に隠したり恥じたりするのはやっぱりよくないと思う。
オムツが外れたらトイレの使い方はちゃんと教える。じゃないと一生困るし、よそにも迷惑だ。
こういう親の異常な潔癖さは自分の身体は汚れたものだという印象をわたしに残した。
今も母はわたしに夫がいることにこういう部分で耐えられない。
結婚して間もないころ、夫が子どもを望んでいると何気なく話したとき母ははっきりと無視した。
子どもを持つというのは母にとってはセックスの話なのだと思う。
夫と喧嘩をしたと知った時も「別れなさい、60、70の爺じゃないんだから」と即答した。
一瞬ぽかんとしたけれど、要するに母はセックスレスが原因なのだろうと思ったのだった。
母にとって結婚は、汚れた、嫌らしい、口にすることも憚られるセックスの結びつきなのだった。
そのくせうちの両親はほんとに熱心にセックスをする人達だった。
父は再婚後もそうだったけれど、継母はそのことをとても誇らしく自慢に思っていた。
もっとわからないのは、家の中でポルノが見つかるとわたしのせいにされたこと。
恐らく父が買ってきた(としか考えられない)ポルノグラビアやテープが何度か出てきた。
しかも出てきた場所は両親の寝室だった。
それを母は何故かわたしのものだと決めつけて、兄弟たちの前でこっぴどく叱りつけた。
父に性欲があり、父との間に性関係があることが耐えられなかったのかもしれないけど、
あまりにむちゃくちゃな責任転嫁だった。
母は離婚してからも、自宅から扇情的な下着が出てくると、一人暮らしをしているわたしに
「これ、はてこの下着でしょう?」
と曖昧な笑いを浮かべて差し出した。いま思えばあれは母がどこかで買ったのだと思う。
それを自分のものだと、妹の前で認めず、はてこが忘れていったのだと言ったのだと思う。
母は兄がわたしの部屋に勝手に入ったことや枕元まで漁ったことは無視して
「すぐに取ってきなさい」
と真っ赤な顔で怒鳴った。わたしは部屋から問題の本を取ってきた。
おかずになるような「エッチな本」ではない。中身は知らずに買った。
そう話そうとする間もなく、母は中身をぱらぱらとめくって、その場でビリビリ本を破り捨てた。
母は頭では性について子どもに教えるべきだと思っていたけれど、
ふとした拍子にそういう場面に直面すると戦後の娘らしく恥辱を感じて激情した。
あれは娘にとってまったくよくない影響があった。
ワニの豆本というワニブックスのシリーズを集めていたことがあった。
その中にタイトルだけで買った「何の本だろう?」という本があった。
推理パズルかクイズの本だろうと思ったら、青年向け性教育本だった。
困った。気まずい。と、思いながら枕元の本の山に混ぜていた。
ある日の夕食時、兄とわたしが軽い口論をした。母が仲裁。その時兄が
「はてこは枕元にエッチな本を隠している」
と、突然言い出した。
本は実戦向きで扇情的な描写はなく、避妊や身体の作りあれこれが書いてある本。
それを、わたしの部屋に勝手に侵入して枕元までひっくり返して兄が見つけた。
そのころ兄はわたしの部屋に無断で入っては漫画を勝手に部屋に持って行き、
取り返そうとして兄の部屋に入ると長男特権で暴力をふるっていた。
てかそういうのを子供向け雑誌に書く必要ないでしょ、っていう話だよね。
お父さんが買ってきたビックコミックオリジナルの鬼平犯科にレイプが出ててもそこはノーマークなんでしょ。
おかず探しに困るとか性関係に触れる機会がってそんな切羽詰った問題じゃないと思うけど。
これだけネットが普及しているいまは尚更。
「レイプじゃないと、陵辱じゃないと、児童虐待じゃないと感じない、自分たちはどうしたらいいんだ」
っていう意見を目にすると、
「あなたはあたしの性欲を満たすために何かしてくださるつもり?」
と思う。
人と人で向きあってするセックスって、心を開いて話し合うような、コミュニケーションの側面が強い。
一方的な快感だけ求める自慰行為用のおかず用に描写されたセックスとはぜんぜん違う。
時間を競って危険な運転をするレースと、長期間で長距離を安全に運転するラリーみたいな違いがある。
対話がうまく行かなくてお互い不快に感じたり、予想外のこともたくさんある。
それで嫌になったりもする。でも人と向き合うってそういうことだよね。そうやって親しくなっていくもの。
快感を得るための道具として人がいるわけじゃない。
だけどそういう地味なリレーションシップ…[全文を見る]
巣作り子作りに励んでしかるべき相手との間にも性欲は存在するというのが都市伝説であるかのように思われるようになったのはポルノのせいだとはてこは思う。ノーマルな、夫婦間のセックスは描いちゃいけないっていうルールがかつてフランス書院にあったと聞いたけど、禁じられていないと消えてしまう恋ばかりする人は少し人生振り返っていいと思うな。
鍵原動機さんはずっと前のはてこの返事にまずお返事してくれていいと思うの。
大戸屋の定食をメモって帰って、それを再現しようと試みた。
疲れた。
そして大量の素材が残った。
あのテーマに書きこむと変な人に絡まれたりブクマストーキングされたりするから黙ってたほうがいいな。
と思ってずーんと重苦しい気分になるくらい去年色々あった。
ネットの中には規制反対派の数の暴力が厳然とあるということよね。
自慰行為をしているところを親に踏み込まれて絶望したという話を二つ聞いたことがある。
片方は自殺、片方は後々親と絶縁。
でも一緒に暮らしてたらそういう気まずい瞬間を経験してる人なんて大勢いると思う。
この二人はなぜそこまで傷ついたかというと、
前者は親が窓をがんがんがんがんと鬼の形相で叩いて踏み込んできて大騒ぎになり、
後者は親が知人二人を呼び出して大人三人で子どもを座らせ、根掘り葉掘り聞き出して説教したから。
「親に自慰行為を見られて自殺」と要約できることじゃない。
知人の旦那さんが子ども部屋に隠してあったポルノ雑誌か何かみつけて、
わざわざわたしの前で「こいつは部屋にこんな汚いものを隠してた」と子どもを怒鳴りつけたことがあった。
日頃から子どもに暴力ふるうお父さんだった。
ああいう場合、子どもはポルノを取り上げられたことに絶望したとはわたしは思わない。
奥さんにNゲージ捨てられた旦那さんの話と似てるけど、どういう経過を辿ったかじゃないの。
色々あるけど、観ていたころよりずっとペリーヌも上手に描けるし、あの輝く眩しいパソコンも持ってるし、タブレットなんていうものまで持っていて、大人になってよかったね、と昨晩思った。
BMI15で検索したら元気にほほえむモデルがぞろぞろ出てきた。
若いっていいわよね、と思った。いやちょっと待って、だいじょうぶなの、あなたたち。
風邪引きやすかったり神経ぴりぴりしたりしないの? まだまだ行ける? 行けちゃうの?
何がしたいかというと、最終的に働いて稼ぎたいのであった。
そしてもう一度一人で生きていける自信がほしいのであった。